第一章 世話焼き幼女と元勇者(3)

 さて、二度目の異世界初日の夜である。ある意味初夜である。絶対に違うな。

 あれから日中は特にすることもなかったんだけどさ、シーナちゃんが隣にくっついて歩くので一人になれず……。いや、俺も構ってもらえてうれしいんだよ? でもちょっとだけ邪魔……。

「トイレにこもればいつでも一人!」だって?

 いいか、ここにあるのはトイレじゃない、便所だ!! 違いは清潔感。

『臭い、虫がいる、薄暗い』と三拍子揃ってて、住環境としては最悪なんだよ!

 そもそもトイレは住む所でも食事をとるところでもないのは知ってるから大丈夫。

 ついでだし少々アレな話で申し訳ないんだけどさ、トイレで大きい方をした後のお尻の処理、どうすると思う?

 トイレットペーパー? そんなもの異世界にあるわけがないだろう。

 ローマみたいに海綿に棒が付いたやつ? 少なくともこの国では王都でも北都でも使ってはいないはず。そもそも海が近くにないしさ。

 てかアレはアレで寄生虫が怖いんだよね。

 じゃあ布の端切れ? うわさでは上級貴族様は使ってるらしいな。お尻を拭うたびに布を使い捨てるとかまさに大貴族。もちろん元実家は貧乏貴族なのでハリスくんの記憶にはないけど。

 なら一体何を使ってるのかといえば……正解は『ヘラ』である。

 もちろんギリシャ神話の女神(浮気男の奥様)ではない。

 使用方法としては木片でこそげ落とすという……通称『ク○ベラ』。そのまんまか。

 どう考えても現代人にはキツすぎるだろこの環境……。前の異世界でもソレ用の葉っぱがあったんだぞ! おお、紙よっ!

 ……早急に、早急に何とかしないと俺のメンタルとか○門とかが壊れちゃうっ!

 もちろんお風呂なんて養護院にあるはずもなく、井戸で水をんでボロ布で体をこするのが精一杯である。歯ブラシ? なんか柔らかい木片をんでからその繊維で歯を擦るだけ。

 せめて塩でもあれば歯磨きも多少は気分的にマシなんだけどさ、塩もお高いからねぇ。

 スープの味付けすらあのレベルなのに「歯磨きに使うからお塩下さい」なんて通るはずもなく。

 お風呂に関しては若いから新陳代謝はいいけど、脂分が少ないのが僅かな救いか?

 あ、脂分が少ないのは若さじゃなくただの肉不足なだけだわ。

 もちろんお風呂も大貴族様宅や大商人宅には普通にあるからね?

 サウナじゃなく湯船のタイプの風呂が。

 庶民は夏場の水浴びが精一杯のぜいたくなのだ。冬場? 凍え死ぬわ。


 てことで一人になり、部屋という名の物置で魔導板をめるように見つめる俺である。

 室内にオイルランプ的な文明を感じさせる明かりなどあるはずもなく、物置部屋なので窓もなく、真っ暗な室内で俺の目の前三十㎝ほどのところにぼんやりと浮かぶ黒い板を眺める。

 あれだな、物置だからか丈夫な造りになっていることだけが救いだな。床がこれだけ隙間だらけなのに隙間風がほとんど入ってこないし。……それはそれで夏場は地獄じゃないか?

 そして魔導板、画面は光って見えるのに部屋の中は暗いままというどういう仕組みなのか、物理的なもろもろを無視したホントに謎な板である。

 朝見たのと同じ数値が表示された画面。

 のんべんだらりと過ごした一日で何らかの経験値やステイタスの上昇があるはずなどなく。

 はぁ……『やりなおし』かぁ……、何か特別な能力でもあればなぁ……。

 タブレットとは違い、表示されるだけで操作のできない魔導板の画面。

 何気なく、やりなおしと書かれた文字を人差し指でつつく。

『スキル やりなおし がアクティベートされました』

 えっ? 何ごと? アクティベート?

 今までも何回か画面をつついたことがあったけど、こんな反応したの初めてなんだけど!?

 そして魔導板の画面内、表示されていたステイタスに明らかな変化がすぐに起こった。

 各数値の左右隣に三角形のボタン『▲▼』が現れたのである。

 もしかしてこれは数字を好きにいじれる感じのアレじゃないのか!?

 とりあえずものは試しとワクワクしながら『▲レベル1▼』の▲をタップしてみる。

 そして表示される、

『ポイントが足りません』

 の文字。……まぁそんなおいしい話はあるはずないよなぁ。

 まぁ数値を上げるであろう『▲(上昇)』ボタンを使うにはポイントが必要なことが分かった。

 分かったが、肝心のポイントの入手方法、これが分からない……こともない。

 ああ、魔物退治でポイント……じゃなくて経験値稼ぎとか無理だからね? 今の俺だと竜を倒すアレのスライム一匹すら倒せない。むしろスライムの体当たり一発で自分が死ぬ未来しか見えないもん。

 ちなみにポイントと経験値の違いは、何らかの行動で溜まっていくのが経験値で、それによりレベルアップやスキルランクが上がった時に得られるのがポイントである! ……んじゃないかな? ちょっと自信ないけど。

 話は戻ってポイントの入手方法、どうすればいいのか?

 いや、なんとなくは分かるじゃん? だって上げる『▲』でポイントが必要(減る)ならば下げる『▼』でポイントがもらえる(増える)と考えるのは当然じゃないですか?

 でもお試しするには少々リスクが高いんだよ。

 なぜならハリスくんのステイタスが低すぎるからさ……。

 等価交換で『1』上げるのと『1』下げるのが同じポイント量ならいいんだけど、何らかの手数料的なものを取られたら元の数値に戻せなくなるからね?

 てことでステイタスをお試しで下げてみるのは少々デメリットが大きすぎる。

 となると、残るはレベルとスキルランク。

 言い換えるなら『レベル1』を0にするか『地魔法ランク1』を0にするか。

 うん、特に迷う必要はないな。地魔法は泥団子作りで経験値が増えるであろうことが分かってるので取り返しがつきやすい。よって地魔法一択なのである。

「ポチッとな」

『ポイントが1点プラスされました』

 おお! やっぱりポイントが貰えたよ! いや貰えたじゃなくて戻せたが正しいのかな? まぁそんなこまけぇことはどうでもいいんだよ!! だって大切なのは結果だもん!!

 てか1ポイントしか増えないんだ……。

 気を取り直してさっそく増えたポイントを元の地魔法に振ってみることに。

『地魔法が ランク1 に上昇しました』

「いや、減らしたのに増やすのかよ!」って?

 だってこれで増減させるためのポイント効率が分かるじゃないですか。

 一応確認のためにも地魔法だけを三回ほど上げたり下げたりしてみる。

 どうやら還元されたポイントを振り分け直しても、減ることも増えることもなさそうである。

 これで一安心……と次のステップに進んでみることに。

 色々と上げ下げしてレベルアップ、数値アップ、ランクアップに必要なポイント数の確認である。

 そして結果発表!

 レベル及びランクを上げるのに必要なポイント数は、

『1で1点、2で2点、3で4点、4で(おそらく)8点』と増えていき、

 ステイタスを上げるのに必要なポイント数は、

『1→2で2点、2→3で3点、3→4で4点』と増えるみたいだ。

 0→1? いや、ステイタスは最低値が1だからそれ以上は減らせないしさ。

 ……それなりの数のステイタスが『1』であるハリスくんとは一体……。

 つまりステイタスは上げやすいけど、レベルやスキルランクは10にしようとしたらべらぼうなポイントが必要ってことだな。

「そもそも、最底辺しかないステイタスの振り直しができるようになったから何だっていうんだ?」

 ごもっともである。

 でも少し思い返してみてほしい。

 地魔法の経験値を上げる方法(泥団子作り)は分かっているのである。

 つまり他のスキルも何らかの行為を繰り返せば、経験値は溜まっていくってことなのだ。

 経験値が溜まればスキルも使えるようになり、ポイントにすることができるってことだな!

 ああ、ついでだからスキルのランクについて少々補足説明。

 スキルとは剣術やそうじゅつ、料理や木工、はたまた歌唱やスリなど多種多様にわたり、稽古や作業を続けることで身につく技術の総称。ランクが1~10まで上げられるものと、生まれながら持っている(ごくごくまれに後天的に入手することもあるが)ランクのないものがある。

 後者はどちらかというとスキルではなくギフト(恩恵)って言う方が分かりやすいかな?

 俺が現在持っているスキルでいえば、地魔法が前者でやりなおしが後者っぽい感じ。

 まぁ、やりなおしについてはただの役にも立たないクソ称号だと思ってたわけだが……。

 そしてランクの上がるスキルではランク1はそれなりに身につけやすく、ランク10にしようと思えば何度か人生をやり直せるくらい没頭できる人間じゃないと厳しい。

 いや、厳しいどころか実質無理だろう、たぶん。

 死ぬ気で十年、二十年と頑張ってもランク3程度まで上がれば御の字ってレベルだったもん。

 レベルじゃなくてランクだけど。

 勇者なんていう何回か本当に死にかけるような生活を十年以上続けても、スキルランク5が最高だったしね。

 それはどうしてなのか?

「ランクが上がるごとに必要経験値が増えて、得られる経験値が下がる」から。

 否、下がるだけならまだしも、ランク1までは経験値が貰えていた行為ではランク2に上げるために必要な経験値が入手できなくなることも多い。

 剣術で例えるなら、ランク1に上げるには木剣の素振りを繰り返すことで経験値が上がっていたのに、ランク2に上げるには対人での打ち込み稽古が必要になり、ランク3にしようと思えば戦場での殺し合いをしなければいけない……みたいな感じだ。

 うん、そうそう戦争なんてないし、ランクなんて上げらんないよね。

 まぁ例え話なんで流石にそこまで厳しくはないと思うけど。

 でもこれが……ランク1を何度も何度もやりなおせるとしたら……どうだろうか?

 いや、もちろんただやりなおしてるだけなら時間の浪費でしかないけどさ。

 1ランク分のポイントを溜め込みながら新たにやりなおせるとしたら?

 そう、スキルランクを1上げる作業、圧倒的にお手軽な作業を繰り返すだけで永遠にポイント稼ぎができるのである!

 ふふ、ふふふふふ、ふはははははははは!

 そう、最強である! 俺様こそが正義なのである!

 ……そこまで言うほど簡単な作業でもないんだけどね。

 必要なのは地味で地道な作業の繰り返しだから。

 繰り返しになるけど現状のハリスくん、初期ステイタスがアレすぎて行動できる範囲が圧倒的に限られるしさ。灰と青春が近所付き合いをしている世界ならお金と装備品をがされたうえで消されてたぞ?

 でも方法さえ分かればそこからは試行錯誤の繰り返しである! いや、今日はもうできることもないし明日から試行錯誤である! 俗に言う明日から頑張るだな。

 それ、間違いなく明日も何もしないやつの言い訳じゃん……。

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