第一章 世話焼き幼女と元勇者(2)


 ちなみにアレとは、ハリスくんがこの施設を訪れ、この倉庫を寝床と決められた時に見つけた、

「何かこう、ちょっとまがまがしい感じで口元の開いた呪術的なお面」である。

 いや、どんな美的センスしてるんだよハリスくん……。

 どうしてこんなアステカ文明をほう彿ふつとさせるような、誰が見ても呪われてるとしか考えられない仮面を付けようと思っちゃったんだよ……。

 ほかの子供たちに避けられてた原因、たぶん九割はこれのせいだよ……。

 もちろんハリスくんの気持ちも分かるんだよ?

 だって二人の心は今は一つなんだもん。俺はハリスくん、ハリスくんは俺なのだから。微妙に自分でも何言ってんだか分からないな。

 両親に捨てられ、人間不信に陥った少年が他人と距離を置くために被った仮面。

 俺も似たような精神状態だったからもの凄くよく分かる。煩わしいもんね、他人。

 でもこのデザインは如何いかがなものかと思うんだよなぁ……。

 しかし、今になっていきなりお面を外すのも悪目立ちしちゃいそうだからそのまま俺も被るんだけど……洗ってないからか微妙に臭いなこれ。


 てことでやってきました大食堂! ちなみにこの養護院で保護されてる子供の数は約八十人なので、朝からそこそこの大渋滞である。保護とは言ってもギリギリのラインを見極めながら養われてるだけで、保証もなければまもられてるわけでもないんだけどな!

 さて、今日の朝ご飯は何かなー♪

 まぁ記憶の中にあるんだけどね。毎朝ほぼ同じメニューしか出ないしさ。

 メインは、くっそ硬いうえにスッパい、黒っぽくてここまでくると逆にどうやったらこんなに不味くなるのかって味のパン、汁物は薄っすらと塩味のするクズ野菜のスープ、以上!

 もうこれスープっていうか薄い海水じゃね?

 少なくともこのスープより多少なりともが利いてるかもしれないな海水。

 飲んだら間違いなく腹は壊すと思うけどな海水。

 どちらにせよ不味いってことに変わりはないんだけど。

 当然のように昼食などはなく一日に二食、夕食には先ほどのパンとスープにプラスしてじゃがいもっぽい芋が一つ増える程度だ。

 この芋が一番マシな食い物なのだが……たまに中毒を起こすので油断できない存在でもある。

 肉? なにそれしいの?

 もうね、戦時中も真っ青な粗食である。まぁ不味くともパンがあるだけマシなのかもしれない。

 俺、むぎがゆって苦手なんだよね……。

 もちろん食堂に来ても椅子に座ってればご飯が配られるなどということがあるはずもなく、縁の欠けた木皿を持って配給……ではなく配膳のビックリするくらい愛想の悪いおばさんの前に並ぶんだけど……俺の尻がつねられたように痛みだす。

 いや、抓られたようにじゃなくて抓られてるんだけどさ。簡単に言うと嫌がらせ、まだまだ可愛かわいいレベルの子供らしいイジメである。もちろんイラつくことに変わりはないんだけどね?

 これもどうやらハリスくんの記憶では毎日のことらしく、背の高いヒョロッとした子供の仕業である。名前は知らないのでこいつは今日から『ヒョロ』とする。

 てかさ、ハリスくん、この養護院に来てからそこそこの日にちが経過してるのにほとんどの子供、もちろん大人も含めて名前すら把握してないとかさ、それもイジメられる理由の一端だと思うんだ。

 尻の違和感(アッー的な意味ではない)を無視してパンとスープをお盆に載せてもらい、適当に空いてる席……に座ると他の子に嫌な顔される、むしろおびえられる(お面効果抜群だな!)ので食堂の端のテーブルのさらに端っこに座る。隅っこハリス爆誕の瞬間である。

 その辺にコロッケとかエビフライとか転がってねぇかなぁ。トカゲはいらないです。

 今なら三秒どころか半日ルールで拾って食べる自信がある! やな自信だなおい。

 椅子に掛けると今度は小太りな子供が近寄ってきて……パンを半分ちぎって持っていかれた。

 あのかったいパンをちぎるとか結構な力持ちだなあいつ。

 いや、ハリスくんでもちぎるくらいはできるけどさ。でもスープに浸さないと食べるのはちょっと厳しい。むしろ味的には浸しても厳しい。

 ちなみに半分にした時に少し大きい方を置いていくのは、小太りなりの良心のかしゃくか何かなのだろうか? 当然こいつの名前も知らない。なのでこれからは『コブト』と仮称する。

 なおこの件に関して注意する人間など誰もいない。やはり弱肉強食……。

 食べるというよりも喉の奥に押し込むように、食事をできるだけ味わわないように機械的に食べ終わり、部屋に戻る途中の廊下で今度は背の低い子供がニヤニヤした顔でこちらを見てくる。

 いわゆる小馬鹿にした顔ってやつだな。

 先ほどまでとは違い、俺にまったく実害はないので優しく微笑ほほえみ返してやったらビクッてなってた。小動物かよ。

 繰り返しになるがこいつの名前も当たり前のように知らない。

 通称は『チビタ』。俺のネーミングが適当すぎる。たぶんスライムに名付けるときはライ……いや、そもそもスライムを飼うことなんてないな、うん。

 記憶では直接的に嫌がらせしてくるのはこの三人だけらしいが、他の子供達も声を掛けてもこなければ近寄ってもこない。まぁこちらから何もアクションを起こさない得体の知れない仮面の人物、子供だけじゃなく大人でも距離を置いて当然である。

 もちろん俺は立派な大人なので、現状ではイジメられても無視されても言い返しも仕返しもしない。

 ……できないだけとも言うんだけどさ。負け犬根性? うるさいワンっ!

 自慢じゃないけどステイタスが低すぎて、けんになったら絶対に勝てないからな?

 喧嘩相手が俺の返り血で真っ赤に染まるからな? そして俺はひんの重傷である。

 ゴブリンとの戦闘で死ぬ新米冒険者よろしく、子供との喧嘩で死ぬハリスくん。

 まったくもって笑い事ではないのだ。


 そんな完全アウェーな状況のハリスくんだけど、

「ハリス、今日もご飯られてたでしょ! ちゃんと言い返しなさいっていつも口をすっぱくして言ってるのに!」

 一人だけだが構ってくれる子がいた。

 ほおを膨らませてこちらを見つめる気の強そうな目、癖のある赤毛を肩口で切りそろえ顔の左半分を前髪で覆った俺より少しだけ背の低い女の子。

 俺の身長? 他の子と並んだ時の目算で、だいたい百四十㎝くらいだと思う。

 そして彼女はハリスくんの一つ年上で十二歳の『シーナちゃん』……だったはず。

 幼女に叱られる元勇者のおっさん……。

 いじめっ子の嫌がらせの比じゃないくらい、今日イチで心が痛いんだけど……。

 この子も前髪で隠している左側の顔に火傷をしているからか、ハリスくんがここに来た当初から何やかやとこまごまと世話を焼いてくれている非常にいい子だ。

 もしもシーナちゃんがこの養護院にいなかったらハリスくんは生活が成り立っていないもん。

 むしろ今まで生き延びていなかったのではないか? とまで言える存在なのだ! 幼女だけど。

「争いは同じレベルの~以下略っ!」

 とりあえず心がいたたまれないので言い返せないんじゃなく言い返さないんだからねっ! と幼女に弁明ツンデレしておく。うん、近年まれに見る、凄まじいキャラムーブだな俺。

 そしてあっにとられ、目を見開いてこちらを見つめるシーナちゃん。

「……」

「……」

 いや、マジでどうしたの? もしや時間停止魔法? 日本では九割うそだと言われていたあの?

「ハリスってしゃべれるんだ!?」

 どうやらハリスくん、世話になってる彼女の前ですら一言も声を発していなかったらしい……。

 そこからやたらとテンションを上げて話し出すシーナちゃんと、「お、おう」とか「せやな」とか適当にあいづちを打つ俺との会話のキャッチボール、むしろシーナちゃんがピッチングマシーンで俺がバッターボックスに立ちすくんでるだけの状態がしばらく続けられることとなった。

 幼女、平気そうに見えてぼちぼちストレスがまってたんだなぁ。


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