プロローグ 勇者の物語の終わりと『元』勇者の物語の始まり(2)

 てことで翌朝。よく考えなくてもいきなりおっさんが子供の体にひょうい、それとも転生? したにしては落ち着きすぎだと感じる今日この頃。

 物置のような部屋、というより実際物置、家具といえば木枠を組み立てた上に横向きに木材をただ並べただけのできの悪いベッドらしき物が置かれただけの部屋で目覚める。

 ああ、もちろん特に使い道のない、使い道の分からない雑多な物、ストレートに言えばゴミはその辺りにいっぱい転がってるんだよ? だって物置だもん。普段の生活に使えそうなものがベッドオンリーってだけでさ。

「てかハリスくんって一応貴族の三男だよね? それなのに自室が物置とか貧乏すぎじゃないか?」と思ったそこのあなた! なかなかに鋭い。

 まず前提としてここはハリスくんの家じゃないんだ。

 そもそもハリスくんの実家、ポウム家は腐っても『都貴族』つまり王都で暮らしてる貴族様だからさ。

 で、ここというか現在地。

 王都キルシュバームではなく北都プリメル……にあるエタン教会……が運営する養護院。

 まぁ簡単に言うとハリスくん、実家を追い出された少年ってことだな。

 しかしここで「すわ、チート発揮でいたいけな少年を捨てた実家ざまぁ一直線の展開か!?」などと短絡的に考えてはいけない。

 だって記憶の中のハリスくん、そこそこの問題児なのだから。

 てことで、この先生きのこる……ではなく俺が幸せな生活を送るにはどうすればいいのか? ハリスくんのこれまでの生活のおさらいと見たくもない現状の把握から始めたいと思います!

 あれだな、口に出してないからいいけど最近独り言が激しすぎるな俺。パーティー組んで旅をしてた時ですらメンバーと毎日事務的な会話しかしてはいなかった弊害が、こんなところで出てしまうとは。

 だって今コンビニで買い物したら間違いなく「あ」から発言しちゃうくらい他人との会話スキルが低下してると思うもん。

 ……いや、そもそも高校生として日本で生活してた頃からそうだったわ。異世界まったくの風評被害だったわ。

 あ、(袋は)お願いします。

 あ、(レシートは)いらないです。

 あ、(間違えておかし籠に入れちゃったけど)いえ、いいです。

 そんな人見知りコンビニあるあるは置いておいて──まず初めに実家、すでに名前が出ているポウム家の話からだな。先にも言ったけど都貴族の準男爵家ビンボウきぞくだ。

 詳しくは……ハリスくんがあまり興味を持っていなかったのでイマイチ不明なのだが、家職的には区役所の職員のようなものだったと思われる。

 人数がそれなりにいるから一人くらい休みを取っても仕事的にはどうってことのない、でも上司からネチネチ言われる事務員みたいな仕事だな。

 万年下級貴族の家系の割に両親共に見目が良く、上の兄二人とそろって結構な美形の三兄弟として王都の下級貴族限定で一目を置かれていて、準男爵家の三男坊のくせに五歳の時にはすでに婚約者が居たという。

 もちろん過去形なんだけどね? 実家を追い出される前に当然婚約は破棄されてるし。

 もっとも婚約者といっても何度か顔合わせをした程度の面識しかない、まったくの他人と言っても差し支えのない相手だからどうでもいいんだけどさ。

「ちょっと待てちょくちょく出てくる都貴族ってなんぞ?」と疑問はおありでしょうが華麗にスルーして続くハリスくんの過去バナ。

 特にもったいぶるほどのことじゃないんだけどね? 簡単に言えば王都で暮らす貴族のことだし。

 実家の話に続いては追い出された理由と婚約を破棄された理由かな?

 この世界……ってほど大きな話かどうかは分からないけど、この国では十歳を迎えた国民、大きな街にある教会に行ける、教会にお布施を払える財力のある家庭の子供は『祝福の儀式』と呼ばれる技能スキルの確認会に参加できる。

 まぁよくある話だな。

 剣術そうじゅつ、弓術棒術、そして盾術(シールドバッシュ的な何かだろうか?)などなどの騎士、兵士向きの近接戦闘系の技能を筆頭に、超花形スキルである地、水、火、風などの魔術系スキル。

 薬学に錬金術、鍛冶や木工などの製造系スキルに、少し地味ではあるがお役立ち度は高い農耕採集採掘などの生産系スキルまで。

 そんななかでハリスくんが授かったのは『地魔法』。

「えっ? 魔法スキルじゃん? 将来有望じゃん? 地魔法っていえば城壁ドーン! 空堀バーン! 一夜城ババババーン!! みたいなのだよね? あ、あれか、どう考えても優秀なスキルなのになぜかそいつの周りの人間だけが気付いてないよくあるやつ?」

 ……残念ながら地魔法これ、本当にハズレスキルなのである。

 そもそも地魔法というか『地魔法ランク1』、最初からできるのはれんを一つ作ることくらい。

 それも粘土質の土がない場所で煉瓦を作ろうとすると、消費魔力が激増して鼻血を吹きながら倒れるという使い勝手の悪さなのだ。

 そして、そんな使い勝手のよろしくない魔法スキルを手に入れたのは、楽天家の見本市みたいな性格のハリスくんである。当然のように本人のレベルが高いわけでもなく、顔はよくても魔力の高い家系に生まれたわけでもなく。

 粘土がある場所で一日に数個の煉瓦が作れるだけのスキルなんて、貴族どころか平民ですらハズレ扱いされるのは当然のことだった。

 でもここまでなら実家を追い出されることはなかったんだ。

 使えないスキルだったとしても働き口なんて山ほどあるし? もちろん安月給だろうけどさ。貧乏貴族の三男坊なんて予備の予備、特に残念がられるほどでもない話。次代に期待である。

 そもそもハリスくんの実家のポウム家、小さい時から上の兄二人が剣の稽古ややりの稽古、読み書きそろばんエトセトラ、色々とハリスくんにも教えようと頑張ってくれる程度には家族関係も良好だったしさ。

 でもハリスくん、そんな兄たちを華麗にスルー。趣味の泥団子作りに邁進する。

 日がな一日泥団子をねてるとかちょっと内向的すぎじゃないかな、ハリスくん。

 てかさ、祝福の儀式って教会が権威を維持するためにそう呼んでるだけで、神様が特別なスキルをくれるとかではなく、ただの所持スキルの確認大会でしかないと思うんだよね。

 それも、その時点で獲得経験値が一番高いスキルだけが見られる『魔道具っぽい物』を使ってるだけの精度の低いもの。

 で、それを着飾った坊主が偉そうな感じで、

「お前は神よりナンタラの技能を授かった!」

 と、集まった信者カモに伝えるだけの簡単なお仕事。

 だって朝から晩までずっと木刀を振りまわしてたワイルド系の上の兄貴のスキルが剣術だったし、読書好きで知的クール系の下の兄のスキルが算術、そして泥団子を捏ねてた我らが俺、ハリスくんが地魔法だよ?

 うん、どう考えても教会の陰謀、お布施稼ぎとしか思えない。


 さて、ここまでの話だけでもすでに圧倒的自業自得感満載の空気を漂わせてるハリスくん(趣味・泥を捏ねること)なのだが、とうとう最後にレールキャノンレベルのもの凄い爆弾を破裂させてしまう。いや、レールキャノンは爆弾ではないけれども。

 なんと、侯爵家のれいじょうに恋をしてしまったのだ。

 うん、別に恋したっていいじゃない。身分の差なんて二人の熱いおもいの前では障害になんてならないのさっ!

 ……なりまくるんだよなぁ。

 そのお相手はブリューネ侯爵家の御令嬢であるリリアナ嬢、ハリスくんより三つ年上でこの国の第三王子の婚約者にして『キルシブリテ三大美女』の一人である。

 貧乏準男爵家の三男(職業・泥団子作り)がどうこう想うのもど厚かましい富士山超えてエベレスト山頂に咲く華。こうして見ると三づくしだなリリアナ嬢。

 ポウム家の寄り親(子爵家)の寄り親(伯爵家)の寄り親(侯爵家)という普通なら顔を見ることもかなわない深窓の、むしろ深層のお姫様なのだ。

 それが何の因果か偶然か、祝福でハズレスキルを引いちゃった下の息子を少しでも慰めてやろう、しいものとか食べられるし! と気遣った子煩悩で小市民な父親に連れられて行った侯爵家のパーティーで二人はかいこうしてしまう。

 リリアナ嬢からしたらただのお客さんAだったんだけどね?

 そして見てくれだけは可愛い稚児さんの雰囲気を漂わせるハリスくんにリリアナ嬢が優しく接してしまったからさぁ大変!

『ハ リ ス く ん 覚 醒』

 そこからはまるでというか、真っ当なというか、どこから見ても「あっこいつストーカーだな?」って分かるレベルのまとわりつき行為に励む。

 親に注意されても、侯爵家の門番に注意されても、めげずに日課のリリアナもうで。その熱意を少しでも泥団子作り以外の部分で発揮していれば……。

 最後はリリアナ嬢の婚約者である第三王子に注意され、それでもくされた態度で食って掛かる始末。もうかばいようもないクソガキである。


 イラッとした王子が炎の魔法で脅かす→ワタワタしたハリスくん、炎をけようとしてなぜか真っすぐ魔法に突っ込んで行く→そしてだる……。


 常備薬ならぬ常備ポーションで九死に一生を得るも、水薬程度では火傷やけど痕までは消えず。

 この世界のポーション、高価な割にそこまで高性能ではないらしい。

 流石に、救いようのない馬鹿な子供でも寄り子の息子におおをさせたと言われるのは世間体が悪い王家&侯爵家。

 火傷痕の治療費に金貨で一千枚もの大金を支払うが……そこは貧乏貴族のポウム家。

 両親というか母親が初めて目にする大金に目がくらみ、流石にそれはまずいとたしなめる父親を振り切って、ここぞとばかりに受け取った金貨を積もりに積もった借銭の支払いや家屋の修繕に使ってしまい……僅かに残ったはしたがねを寄付して、

「息子は皆様に御迷惑をおかけしたこれまでの行為について深く反省いたしまして、自ら教会の門をたたきました」

 なんてすまし顔でのたまった挙げ句に出家という名の絶縁状。

 王都の教会だと歩いて帰ってくる&知り合いに見つかるかもしれないのでわざわざ北都まで知り合いの商人に任せて連れていってもらい、教会付属の養護院にご新規様一名ご案内となるわけだ。

 ハリスくん、本人のまったくうかがい知れぬところで最初で最後の親孝行をしていたわけだな!

 全身火傷したうえに両親、主に母親に捨てられ、異国(王国内なんだけどね?)の地に降り立ったハリスくん、唯一の長所である顔の良さすらなくなり養護院の子供達からのイジメに心が耐えられず、とうとう精神が崩壊してしまうも……なぜか異世界で元勇者だったおっさんの魂が迷い込んでしまう←イマココ。


 ……いかがだろうか?

 最後の母親による治療費使い込みを除けば本人以外の誰も悪くないというこのモニョッと感。

 子供のやったことなので大目に見ろ? でも子供のやったことで普通に両親処刑、御家断絶とかがある世界なんだよなぁ。

 あ、もちろん理解はできても納得ができるかどうかはまた別の問題だからね? 俺が裕福になった際には実家に乗り込んで母親のほおを札束でビンタ──この世界、おさつは使われてないな──ならぬ金貨を顔に投げつけてやる!

 何そのただのおさいせん……。

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