【書籍試し読み増量版】使い潰された勇者は二度目、いや、三度目の人生を自由に謳歌したいようです1/あかむらさき

MFブックス

プロローグ 勇者の物語の終わりと『元』勇者の物語の始まり(1)

 とある時代のとある世界、とある国のとある街。

 いや、現在地は街じゃなくて森、それも大森林の中なんだけどさ。

 あれだ、よくある「今は昔の物語」ってヤツだ。

 そこで語られるのは勇者様だ! 英雄殿だ! と祭り上げられ持ち上げられ、散々いいように使い潰された一人の馬鹿なおっさんのお話。

 うん、まぁ俺のことなんだけどね?

 俺っておっさんか? いや、まだ三十過ぎたトコだし中年じゃなく余裕で青年だろ? 推定兄ちゃんってところだよな。

 どうも、勇者歴十六年、彼女なしのおっさんです。おっさん認めちゃうの早いよ。

 てか、勇者歴十六年てすごくない? 普通の英雄物語なんて短くて一年、長くても三年くらいでハッピーエンドを迎えるだろ? ぼう宇宙ロボットの一年くらいの戦争、一年って自分で言ってるのに足掛け三ヶ月くらいの話だってどっかで見たしさ。

 そんな中でこの俺、苦節十六年なのである。いや、別にいいんだけどさ。

 あれだ、どうせ意識が飛んじゃうまで俺も退屈だし少しおっさんの話でも聞いていっちゃう?

 聞いていっちゃうも何もこんな森の奥深くにいるのなんて俺だけだし? ただの独り言、いや、一人思い出しなんだけどね。

 ちなみにソレを世間では走馬灯と呼ぶんだぜ!

 しかしあれだね、世界ってのは当然だけど善意でできているわけじゃない、最初からそう分かっていたつもりだったけど、もしかして九割は悪意でできてるんじゃないかと思う。

 某頭痛薬でさえ半分は優しさなのに。残りの半分? たぶんいとしさだと思う。薬成分どこいった。

 なんだろう、花の高校一年生で異世界に呼び出され、みやざわけんばりに雨に打たれて風に押し流されながらもそれなりには華々しい活躍をしたはずなのに……勇者という名の便利屋として北から南、滅私奉公よろしく西から東、むしろ右往左往してたことしか頭に浮かんでこないやるせなさ。

 王女様とのラブロマンス? 旅の仲間が全員女子でハーレムパーティー?

 ……はっ、腹でお茶を沸かしながら鼻から牛乳だわ、ついでに目からビームとか出ねぇかなぁ。

 いいか?

 王女様は得体の知れない異世界人と二人きりで密会するようなことはしないし、可愛かわいい女の子は泥臭い旅にも戦場にも出てこない。騎士団に入るような女子はみんなゴリラかそれに近しい何か。むしろ女子(女子成分は含まれておりません)だ!

 おっさん、おっさん、ゴリラ、おっさん、おっさん、オーク、おっさん、おっさん、トロール。

 コレ何だと思う? 魔王退治にまいしんする俺の旅の仲間なんだぜ……。

 そしていきなりのトロール扱い。全異世界の女性を敵に回しかねない発言だが、女性は木星規模のおおらかな心を持っていると思うのできっと笑って許してくれると信じている。

 女子なんてわがままは言わない、男でもいいからせめて、せめて同年代の若者は居なかったのかよ!

 もうね、色々枯れ果てたわ。精神的にはおっさん超えてすでにじいちゃんだわ。ぱおんってするはずの体の一部がずっとぴえんだわ。

 だいたいね、俺がこの世界に召喚された要因、戦争の発端であるはずの『魔王』。

 これが存在しなかった。

 ちょっと何を言ってるのか分からないと思うけどさ。

 じゃあこの十六年間、一体俺は何をしてたんだよ! って、話だもんね?

 うん、たぶんお気付きだと思うけどさ。

 それなりに豊かで、そこそこ平和な、亜人種の隣国との戦争の手伝い。

 もうね……。

 こっちに来た頃は夢も希望もあったんだよ。

 だって中二病をギリ卒業できていない男子高校生、それも帰宅部のプチオタクが異世界に来ちまったんだからさ!

 毎日ワクワクが止まらなかったよ! ドキドキが波のように押し寄せてきたよ!

 竜を倒すアレ、最後の幻想的なソレ、国民的恋愛シミュレーションのコレ。本格派ファンタジーゲーム大好き少年は心ときめかせたさ! てか最後のはファンタジーどころかRPGですらなかった。

 で、そんな純情だった、正義の味方気取りの少年が説明少なく送り出された戦場は見た目が多少違うだけの亜人種の国々。

 俺の心の中に色んなおりまっていくのにそれほど時間はかからなかった。

 それでもせめて、せめて少しでも支えてくれる、いや、支え合える仲間さえいてくれればよかったんだけどね……。

 おっと、体からどす黒いオーラっぽい何かが出てきたからこの話はここまでだな。

 流石さすがに三十過ぎて闇の翼に包まれて漆黒の世界で眠るがいい……とか言ってるのは恥ずかしいから。もちろん眠るのは俺、そして普通に眠るんじゃなく永眠、平たく言えば死んじゃうんだけどね? だって走馬灯って死ぬ前に見るものじゃん?

 勇者なのに死ぬのかって? そりゃ普通に死ぬだろう、俺だってにんげんだもの。

 あれだ、血生臭い現実から逃避するために見る夢が現実よりもひどい悪夢になった時点で酒に逃げた結果、内臓がさ。ボロボロなんだ。言うまでもないがお酒は二十歳を過ぎてからだからな! 二十歳を過ぎてても鯨飲で体を壊してる馬鹿なおっさんだけどさ。

 もちろん異世界だから回復の水薬ヒールポーションもあれば病の治癒の魔法キュアディジーズもあるんだよ?

 でももう、治療したくもないんだよ。

 馬鹿な子供が他人にだまされて散々いいようにこき使われて。

 いや、使われてたのは別にいいんだけどね。

 侵略戦争なんてろくでもない行為以外だったらさ。

 何にしても物語の終わりにダークヒーローは苦しみ抜いて死ぬべきだと俺は思うんだ。それまでの全ての行いを後悔しながら。

 そこでパラディンにクラスチェンジしちゃうようなのは何かが間違ってると思うんだ。そんなのは、そんなのでは色々と浮かばれない、救われないものが多すぎるもん。

 おっと、長々と話してたらなんだか体の痛みが薄れてきたな。

 もしも、今度生まれ変わることがあるなら、誰にも利用されないで自分勝手にわがままに、自由気ままに生きてやるんだ……でもその前にちゃんと地獄でつぐな……い……。


   ◇◇◇


 窓のない四畳半ほどの天井の低い部屋の中、床の隙間から地面が見えそうな板の床。

 小汚いごちゃごちゃとした、何に使うのかも分からない物が散乱する室内。略すと汚部屋だな。

 それが目を覚ました場所の率直な感想。

 死んで目覚めたのが天国でも地獄でもなくて物置とはこれいかに。

 そして少しずつ押し寄せてくる偏頭痛。

 待って、ちょっと待って! マジ痛い! 痛い痛い! もの凄い頭痛い! 頭痛って言うくらいだから当然か!! 思ったより余裕あるな俺!! ……あ……これ駄目なヤツだわ……。


 目が覚めたかと思えばスプーン、それも昔、ちゃんの家にあったパッと見では使い道の分からないグレープフルーツ用のギザギザしたアレで眼球を奥からまわされたような強烈な痛みで再び意識を失うという、何のために一度目覚めたのか? と、素朴な疑問を浮かべているどうも、俺です。

 てか頭痛の原因、おそらくは前世と今生の記憶の結合のせいだと思われ。

 なぜなら一度目に目が覚めた時は元高校生のおっさん勇者の記憶しかなかったのに今は貧乏準男爵家の三男坊、ハリスくん十一歳の記憶があるんだもん。これが準男爵じゃなく旗本の三男坊ならワンチャン将軍様の可能性もあったのに。

 そしてハリスくん、男の子でよかった。もしも女の子だったら「ハリスさんじゅういっさい」そう、おっさんからおばさんに華麗にクラスチェンジである。

 クラスチェンジしてるのにメリットがレディースデイを使える程度しか存在しないじゃんそれ。

 でも生まれ変われるなら女の子もいいかも! 話がとっちらかってきたから軌道修正。

 ちなみに俺は『閑話休題それはさておき』が大嫌いだ!

 うん、ビックリするほどどうでもいい情報だな。

 話は戻ってハリスくんの記憶、上書きとかじゃなくて記憶の共存。

 つまり生まれてから十一歳までの記憶が二人分存在するのだ。

 もちろん生まれたばかりの頃の記憶なんてないし、おっさんの子供の頃の記憶の方は曖昧でおぼろげなんだけどさ。

 なんかこう、ちょっとどころじゃない違和感がする。

 まぁ目玉グリグリレベルの頭痛が治ったからよしとしておこう。

 ……いや、いいのかそれで? 結構な大問題なのになんかおかしいぞ?

 だってさ、どれくらい時間が経過したのか確かなことは分からないけど体感的にはほんの数分、数十分前まで死を覚悟する、むしろ自死を選ぶくらいに色々と思い悩んでたはずなのにどうしてこんなにフラットな精神状況なんだ?

 ……あれか? もしかして記憶だけじゃなく性格までハリスくん十一歳に引きずられてるのか?

 確かに記憶の中にあるハリスくん、良く言えば楽天家、悪く言えばちょこっと頭お花畑な感じだけど。

 まぁいいや、今日できることは明日もできる、明日できることはそのうちできる……ふわぁぁ……zzzz……。


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