第三章 領主様との出会い(1)

 ハンバーガーを売り始めてからあっという間に三週間がった。

 売れ行きは順調だ。順調すぎると言ってもいいかもしれない。

 とう家特製のハンバーグを挟んだハンバーガーのうわさは瞬く間に街中に広がり、常に客足が途切れないくらい売れるようになった。

 パンとハンバーガー合わせて一日二十万クローネ以上の売り上げだから驚きだ。

 ただ、これ以上売ろうとすると屋台だと厳しいかもしれない。店の広さに限界があるからだ。

 どこかに店舗を借りて営業したほうがいいのかもしれないけど、そうなると人手も足りないわけだし……。

 まあ、ゆっくり考えていこう。

「ありがとうございましたー!」

 今日の営業を終えて店じまいをしていると、

「すみません、ここがハンバーガーを売っている店でしょうか?」

 と言いながら、五十代ぐらいの人が店の前にやってきた。白髪でずいぶんダンディなおじさんだ。

 街の人に比べたら上質そうな黒い服を着ているから、どこかのお偉いさんだろうか。胸の位置に金のしゅうで花みたいなのがついてるし。

「はい、ですが本日はもう閉店してまし……」

「申し訳ございません! ただいま店主が席を外しておりまして。どのようなご用件でしょうか?」

 と言ってサラが一歩前に出る。え、サラが出ちゃうの?

(後で説明するので話を合わせてください!)

 とサラが無言で訴えてくるのでとりあえず従っておく。

「左様でございますか。申し遅れました、わたくしセレド様の執事をしているモードンといいます。ご主人様がぜひこちらのハンバーガーなるものをお食べになりたいと仰せになりますので、城のほうにご招待させていただきたいのです」

「セレド様がですか!?」

 サラが驚嘆の表情で聞き返す。

「はい。それで、店主の方に来ていただけるかをお聞きしに参りました」

「かしこまりました。店主に話を伝えておきます」

「それはそれはありがとうございます。では明日また同じ時間に返事を聞きに参ります」

「はい、よろしくお願いします」

「ではこれにて」

 モードンさんは恭しく一礼するとその場を去っていった。


「まずは、わたしが前に出たことについてはすみません」

 モードンさんが去った後、サラがすぐに謝ってきた。

「別に大丈夫だよ。それに何か理由があるんでしょ?」

 さすがに意味もなくそんなことはしないはずだ。

「はい。まず、確認なのですがリュウさんはセレド様はご存じですか?」

「いや、知らないな」

「やはりそうでしたか。リュウさんはフストリア領に来たばかりと言っていたのでそうだと思いました。セレド様はあそこにある城の城主です」

 サラが指差した先にあったのは、街の中央にそびえ立つ大きな城だった。


 店の片づけを終えたあと、俺とサラは酒場へ向かい、サラの話を聞くことにした。

 話をまとめると、あの執事の主人であるセレド・フストリア伯爵はこのソルーンを含むフストリア領の領主ということだ。

 フストリア家の紋章はスズランの花らしく、サラは執事の胸元にその刺繍を見つけた時点で伯爵関係の人だと見抜いたらしい。

「すごい洞察力だな」

「フストリア領に住んでいる人ならすぐに分かりますよ」

 で、俺がセレド様のことを知らないだろうとの推測から、万が一にも失礼がないようにとの理由でサラが代わりに受け答えをしたらしい。

「なるほど、それはお礼を言わないと」

 下手したらセレド様って誰ですか? とか聞いてたかもしれないな。

「いえ、大したことはしてないです」

 そう言いながらサラがエールを一口飲んだ。

「それにセレド様はわたしの父の上司に当たるんです」

「上司?」

 何かの会社があるのか?

「あれ? 言ってませんでしたっけ? わたしの父はアモード・エストロンドといって男爵位を持っています」

 サラがとんでもないことを言い始めた。

「サラ、何さらっと爆弾発言してるの? いやこれ、おやじギャグじゃないからね。ってことはサラって貴族なの? いや? サラ様?」

 なんか頭が混乱し始めたぞ。

「落ち着いてください、確かに家は貴族ですけど、領地も村一つですし名ばかりです。それに男爵だと当主以外は貴族の扱いは受けません。普通の人と大差はないです」

 エルランド国の貴族は王様から爵位をもらって各々領地を与えられる。形式的にはそれぞれ独立した領地なのだが、それぞれの地域で有力な貴族の勢力下に入るのが自然らしい。サラのお父さんの領地も実質的にはフストリア領の一部のような扱いになっているということだ。

「つまり……村のお嬢様?」

 まとめるとそんな感じかな?

「そんなところです」

 サラがうなずく。

「分かった。それで、こんなところで働いてていいの?」

 いくらサラ本人が貴族ではないといってもこんな出来て一ヶ月も経ってないような商会、それも実質ベーカリーとハンバーガーショップで働いてていいんだろうか?

「何言ってるんですか! リュウさんはわたしの命の恩人ですし、この商会はもっと大きくなるという未来がわたしには見えるんです! それに……」

 サラがじっと俺を見つめてくる。

「それに?」

「な、なんでもないです! とにかく、ここでこれからも働かせてください!」

 なぜかは分からないがサラが顔を真っ赤にさせながら俺に頭を下げてきた。

「分かった分かった。そんな頭は下げなくていいから! これからもよろしくね」

「はいっ! よろしくお願いします!」

 とびっきりの笑顔でサラが返事をする。

 うん、やる気十分で頼もしい限りだ。

「それで、呼ばれた件だけど」

 少し話が横道にそれてしまったが、本題に戻すことにした。

「そうですね、まずセレド様の城に行くのは五日後がいいと思います」

 サラが答える。

「五日後? ちょっと遅くないかな?」

 領主様だし、そんなに待たせずに行ったほうがいいと思うんだけどな。

「確かにセレド様を長くお待たせするのはよくないです。でも、こちらも失礼のないように準備したり、あちら側も迎え入れる準備があるのでそれぐらいがちょうどいいところです」

「なるほど」

 確かに準備は必要だな。

「一応そういうマナーも家で学んできてます。わたしに任せてもらえればすべて大丈夫です!」

 サラが胸を張る。貴族の家だからそういうことも学んでいるんだろうな。

「そしたら準備についてはサラに任せるよ」

「はい! さっそくですが、明日はモードンさんがいらっしゃるので店は開けるとして、明後日からセレド様のお城に行く日までは店を午前中だけにしませんか? 空いた時間はマナー講座とかその他準備に充てたいです」

「了解! そうしよう」

 大まかなスケジュールを確認したところで今日のところはお開きになった。

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