第一章 異世界にやってきました(4)

 ベーカリーを探しに一般商業地、つまり商人ギルドへ行く途中に通りかかった商店街まで戻ってきた。

 少し歩いて俺はベーカリーを見つける。風に乗って焼き立てのパンの香りがした。

「いらっしゃい!」

 店に入るとおじさんが元気よく挨拶をしてくれた。

 棚にはたくさんのパンが並んでいる。今朝食べたドーム型のパンが売り場の中で一番面積を占めていた。

 おそらくこの街で一番食べられているパンなのだろう。値段はひとつ八十クローネだ。

 他には同じくドーム型で黒色の小麦(?)で作られた黒パン、棒状のフランスパンに似たものなどがあったが、そうざいパンのたぐいはなかった。

 店のおじさんに聞いてみても話が伝わらなかったから、そのような文化がないのかもしれない。

 そして、何より食パンがない!!

 相場を調べようにも食パンがないのなら調べようもない。困ったな。

 ちなみに、この世界でのパンの売り方はパンをそのままお客さんに渡して、お客さんが自分のカゴや布袋で持って帰るスタイルだった。

 これならビニール袋といった経費もかからないから助かるな。

 まあこの世界にビニール袋があるのかは知らないけどね。

 その後も他に何軒かベーカリーをまわってみたけどラインナップなどは大きく変わらなかったので、今度は自分が出店する場所を確認するために噴水広場にやってきた。

「……まるで縁日だな」

 噴水広場は噴水を中心にした公園のようになっていて、道のいたるところに屋台が出されていた。

 といっても焼きそばやたこ焼きが売られているわけではなく、干し肉などの食品や服など日用品がメイン。それ以外にも何に使われるか分からないが瓶に詰められた色とりどりの液体など元の世界では見かけないような露店もあった。まあフランスのマルシェみたいな感じか。

 今は昼だけど、主婦らしい人や、防具に身を包んだ冒険者たちや職人などでごった返していた。多様な店が出ているぶん多くの人が集まるのだろうな。

 そういう意味では、俺の売るものは食べ物だから客層にこだわらず売ることができる。この世界でパンは主食みたいだしね。スキルで作れるあの美味しい食パンならチャンスもあるはずだ。

 見たところ屋台を出せそうなスペースはいくらでもあったから場所取りはいらないと判断して、俺は宿に戻ることにした。


「リュウ、商人ギルドはどうだった?」

 宿に戻るとローサさんが聞いてきた。

「はい、商人の登録をしてきました。明日から噴水広場でパンを売ろうかなと思っています」

「へぇ、お前さん仕入れ先のがあったんだね。もしかしてあの店先にめてあるやつを使うのかい?」

「はい、その通りです」

「そうかい、頑張りなさい。明日見に行ってみるよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 応援してくれるのはうれしい。期待に応えられるように頑張ろう。


   ◇◇◇


「ふう、なんとか作り終えたぞ」

 宿に帰った俺はさっそく食パンを二十本、計四十斤作った。

 MPを80消費したから疲労感はあるな。

 ちなみに回復のペースを調べてみたところ、一日に二回MPが全回復するみたいだからまた明日の朝作ろう。

 噴水広場は午前中に人が一番やってくるらしいから、俺も朝方から店を出すことにする。その頃までに百斤は作ることができると思う。

 ちなみに値段は一斤百五十クローネとすることにした。八十クローネで売られていたドーム型のパン二個分くらいの大きさだから、サイズ的には妥当だろう。

 まあ後は初日の反応を見てから考えても大丈夫なはずだ。


 次の日の朝八時、俺は屋台を引いて噴水広場へとやってきた。

「肉が安いよー! 一つ四百クローネだ!」

「こっちのキャベツも安いぞ! 一つ六十クローネ!」

 それぞれの屋台が客を呼び込もうと声を出している。おかげで朝とは思えない活気だ。

 俺は広場の隅のほうに屋台で陣取る。

 屋台にパンを十斤並べて準備完了だ。

「ふぅ」

 俺は深呼吸をする。

 異世界に来て初の仕事だから緊張してきたな。最初からうまくいくかは分からないが、できる限りのことをやってみよう。

「いらっしゃいませ、食パンはいりませんか! 本日出店しました。今なら特別価格で一つ百五十クローネ! 試食もできますよ!」

 他の呼び込みに負けないように大きな声を出す。

「焼き立てのパンはいりませんか?」

 思い切って歩いている人に呼び込みをかけてみた。

「ごめんなさいね、今日買うものは決まってるのよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 最初の人は失敗だった。めげずに頑張っていこう。

「食パンはいかがですかー!」

 俺はまた大きな声で呼び込みをかける。

 屋台の上に並べている食パンをみんな見ていくけど、なかなか足を止めてもらえない。やっぱり最初は難しいな。

 すると、

「おーい! リュウ! 様子を見に来たよ」

 ローサさんがやってきた。後ろに一人、短髪の男の人を連れている。

「ローサさん! ありがとうございます。こちらの人は?」

「こいつはカインっていってあたしのおいっ子で宿の料理人さ。食材の買い出しを手伝ってもらってるんだよ」

「カインっす。よろしくっす」

 軽い感じで挨拶してくれた。見たところ二十歳くらいかな。俺よりは若い。

「これがお前さんの商品かい? 食パン、聞いたことがない名前だね」

「はい、もしよかったら試食していきますか」

「いや、せっかくだし一つ買わせてもらうよ」

 ローサさんは笑顔で百五十クローネを俺に渡してくれた。

「ありがとうございます!」

 そう言って俺はローサさんにパンを一斤手渡した。

「ありがとね、せっかくだしここで味見でもしていこうかね」

「はい、ぜひ感想を聞かせてください」

 ローサさんは渡した食パンのうち一つを手でちぎると一口頬張った。

「…………」

 無言で噛み続ける。

「あの? 味のほうは?」

 口に合わなかったかな?

「……うますぎる! 柔らかくてほのかに甘みがあって……これで百五十クローネはありえない!」

 ローサさんが突然叫んだ。

「リュウ! これを買えるだけ頂戴! それにカイン! 今日の夕飯に出すパンはこれだよ!」

「え、でも買う店はいつも……」

「いいからあんたも食べてみな!!」

 ローサさんはパンをちぎってカイン君に渡した。

「そんなパンに違いなんて…………ってなんすかこれ!? こんなにしっとりしているパンは初めてっす!」

 カイン君まで叫び出した。

「そうだろ? 長年料理人をやっているあたしですらこんなに質のいいパンは久しぶりに食べたよ」

「そんなにですか?」

 確かに美味しいけど普通の食パンだぞ?

「もちろんさ。こんな柔らかいパンなんて、貴族様ぐらいしか食べられないよ」

 ローサさんによるとこの世界で柔らかいパンは生産量が限られていて、一般には流通量が少ないらしい。

 作れる人が少ないのが原因で、ほとんどが貴族お抱えのパン職人になるみたいだ。

「それをこんな安い値段で買えるっていうんだ。たくさん買うさ」

「分かりました、いくつぐらい欲しいですか? あと百個ぐらいはありますけど」

「百!? そんなにたくさんあるのかい!?」

「ええ、良い仕入先がありまして」

 間違ってはいないかな。

「あんた商売上手なんだね。そしたらもう八個もらおうかね」

「かしこまりました。一つはサービスしますね。合計で千五十クローネです」

 ローサさんにパン八個を手渡し、千五十クローネを受け取った。

「ありがとうねぇ、それじゃあ、あたしたちは行くよ」

「はい、ありがとうございました!」

 こうして二人は去っていった。

 ふう、なんとかパンを売ることができたぞ。

 ローサさんたちが去った後、次のお客さんを待っていると、

「あ、あったあった!」

 と、女性の客がやってきた。

「さっき見かけない形のパンをたくさん持っている人がいたから気になったのよ。おいくらかしら?」

「一つ百五十クローネになります」

 カイン君がパンをたくさん持つことになってたし、目立ったのだろう。

「あら思ったより安いわね。そしたら一つ買ってみようかしら、さっき通りかかったときには勇気が出なかったけど、あんなに買っている人がいたら気になるわ」

「ありがとうございます」

 商品を渡すと女性は礼を言って去っていった。ローサさんのおかげだな。

 今のところ売れたパンは十個、売り上げでいうと千三百五十クローネだ。まだまだ売っていくぞ。


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