第一章 異世界にやってきました(3)

「それにしても綺麗な街だな」

 昨日は時間に余裕がなかったので見られなかったが、ソルーンの街は中心に城があり、そこから放射状に建物が並んでいた。そして街を大きな外壁が囲っている。

 中心に近いほど高い石造りの建物(といっても高くて四、五階建て程度だが)があり、外壁の近くへいくにつれて低く、レンガ造りや木造の長屋が多くなる。

 畑はソルーンの城壁の外側に広がっていたから、農家は外側に住んでいるんだろうな。

 今回の目的地である商人ギルドはローサさんによると街の中心部にあるらしいので、そちらのほうへと向かう。

 途中、商店街のようなところがあったので、通ってみることにした。

 見たところ、建物はレンガ造りの二階建てがほとんどで、主に一階が店舗、二階が住宅となっている。

 地元の商店街より人がいる気がする。

 店を覗いてみたけど、野菜は日本のものと大きくは変わらない。

 ただ、精肉店には牛や豚、鶏の他にも置いてあった。書かれていた名前が分からないから、きっと魔物の肉か何かだろう。

「そこのお兄さん、特製のソーセージはどうだい?」

 精肉店のおじさんが元気に声をかけてくる。

「これから用事があるので、また今度来ますね」

 積極的に声をかけてくれるし、活気があっていい場所だ。

 ここで商売することができたら、楽しいかもしれないな。

 幸いパンを作るスキルを手に入れることができたわけだし、原材料費がかからないことを考えれば赤字にはなりにくいはずだ。

 そう考えると、今までやりたかった起業を実現するチャンスだな。

 よし、その方向で頑張ってみよう。


 商店街を抜けると、次第に建物は高くなっていき、高級な店が現れ始めた。

 ちらっと見てみたけど、服一着で六万クローネと書いてあったから素通りする。

「ここか」

 通りの突き当たり、つまり城の門のすぐ横の建物へとやってきた。

 石造りの五階建てで、かなり大きな建物だ。入り口に鎧を装備した兵士が二人立っていた。

 俺は緊張しながらもその二人の間を抜け、建物の中へと入る。

 中は銀行のようになっていて、手前と奥をカウンターで仕切り、奥には職員の机が並び、手前には椅子などが置かれ来客が待てるような場所が設置されていた。

「ようこそ商人ギルドへ、今日はどのような用件でしょうか?」

 制服を着た女性が声をかけてくれる。

「商売を始めようと思ってまして」

「商人ギルドへの登録ですね、こちらの番号札をお取りになってお待ちください」

 女性から番号札を受け取った。


 それから少しして、番号を呼ばれた俺は一番右のカウンターに行き、置かれている椅子へ座った。

「ようこそお越しくださいました。本日は商人ギルドへの登録でお間違いないでしょうか?」

 カウンターの向かいにいたメガネの女性職員が挨拶をしてくれる。

「はい、そうです」

「かしこまりました。ナターシャと申します。本日はよろしくお願いいたします。それではまず商人ギルドについてお話しさせてもらいますね」

 そう言ってナターシャさんは丁寧に説明をしてくれた。

 商人ギルドは国家をまたいで商いすべてを独占して統率する機関で、大きな力を持っている。魔物の被害を抑えたり、賞金首ハンターなど犯罪の予防にも寄与している冒険者ギルドと双璧を成す組織だ。

 商人は一度ギルドに登録することができれば、どこでも商売をすることができる。

 もちろんそのためには対価としてギルドに税金を払わなくてはならない。税金は月末の営業報告で総利益のうちの30%を商人ギルドに納める形だ。

 かなり高額だが、その分手厚いサポートが受けられるようだ。

 また、商人が取引などで国へ払わなければならない税金は商人ギルドへの税の中に含まれているため、商人側も煩雑になることはない。

 そして、商人ギルドに納めるお金の多さによって商人はランク分けされる。


 フィフスマーチャント

 商人のランクの中でも一番下で、主に店舗を持たない露天商などが多い。


 フォースマーチャント

 個人経営の店など小規模な店舗を持つ商人が主。


 サードマーチャント

 いくつかの店を経営する商人。このランクになると経営している地域での影響力も強まる。また、複数の国に支店を持つ商人は自動的にこのランクに昇格する。


 セカンドマーチャント

 サードマーチャントの中でも限られた商人がこの座に登りつめる。このランクになると拠点としている国から爵位がもらえることも。


 ファーストマーチャント

 複数の国に数多くの支店を持つ大商人。このランクになると、上流貴族と同じ力を持つ。


 プルミエールマーチャント

 このクラスの商人となるためには小国の国家予算ほどの金を年間で商人ギルドに支払わなければならない。

 現時点でこのクラスの商人は四家しかおらず、四大商人として王にも負けない権力を有しているそうだ。


 このように、商人ギルドに支払う金額によってランクを獲得することができる。

 もちろん納める金額が基準なので、中には数軒の店だけでサードマーチャントになるような者もいるようだ。

 逆に商人ギルドへそのランクに応じたお金が払えない場合、ランクを下げられることがある。それによって信頼を失うこともあるそうだ。

 そして、赤字経営となり商人ギルドに金が支払えなくなった場合、商人の地位をはくだつされることになる。

 再び登録することは可能だが、三回同じことを繰り返すと永久的に登録できなくなる。無鉄砲な経営をすると厳しい罰があるということだ。

「説明は以上となります。リュウ様はどのような事業を考えておられますか?」

「屋台でパンでも販売しようかと思っているのですが」

「そうしましたらフィフスマーチャントでギルド登録となります。まず初回登録料五万クローネ、また税とは別に年会費として三十六万クローネかかります。なお、年会費は毎月の分割払いが可能です。利息はかかりませんのでご安心ください」

「分かりました。そしたら分割払いでお願いします」

 俺は持っていた現金の中から登録料五万と今月分の年会費三万、計八万クローネを出す。結構な出費だ。

「はい、確かに八万クローネいただきました。それでは登録手続きに入らせていただきます」

 職員はカウンターの下から石版を出してきた。

「リュウ様は身分証はお持ちでしょうか?」

「いえ、持ってないです」

 そのおかげでこの街に入るのにも時間がかかったからな。

「それでしたら同時に身分証の発行も行いますね。こちらは手をかざすことで情報を読み取る魔道具でございます。左手でこの石版を触れてください」

 俺は言われるままに左手で石版に触れた。すると触れた左手を縁取るように、石版が青白く光り出す。そして青い光は石版を飛び出し、空中で文字になった。


 名前 リュウ

 種族 人間

 年齢 29


「ご自身のステータス表示と違いはないでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「リュウ様、新しく商いを始める場合には商会を作っていただく形になります。名前はいかがいたしましょうか?」

「名前……とう、さとう、サトウ……サート商会でお願いします」

 ダジャレみたいになったが、よく分からない名前をつけるよりいいだろう。

「かしこまりました」

 すると空中に浮かび上がった文字の下に新たな文字が追加された。


 所属 サート商会 会長


 会長って言われると気分がいいな。偉くなったように感じる。実際は屋台をやるだけだけど。

 その文字はナターシャさんが持っていた一枚のカードに吸い込まれていく。

「はい、これで登録は完了しました。こちらがギルドカードとなります」

 そう言うと、ナターシャさんは俺にカードを手渡してきた。薄い金属で出来ていて、かなり頑丈そうだ。

「魔法で加工してあるため偽造は不可能な代物です。なくさないように気をつけてください。再発行は五万クローネかかりますので」

 かなり高い。つまり、商人ギルドの登録料は実質この身分証をもらうための金額なんだな。落とさないように気をつけよう。

「もう一つ、こちらがフィフスマーチャントであることを証明するバッジとなります」

 そう言って渡されたのは赤色のバッジだった。表の看板に描いてあった商人ギルドの紋章の形だ。カッコいいな。

 俺は胸元にバッジをつけた。

「以上で手続きは終了です。他に何か質問はございますか?」

「ソルーンの街についてと、屋台を出せる場所を教えてください」

「かしこまりました」

 ナターシャさんの説明によると、ソルーンの街はここエルランド国で四番目に大きい都市で、フストリア伯爵が中心地に城を構えている。

 城を囲うようにして高級商業地が広がり、その外側には一般商業地、そして一番外側には住宅が並んでいるそうだ。

「屋台を出せるのは街の西側にある噴水広場ですね。商人ギルドに登録されている方なら、いつでも自由に出店ができます」

「分かりました。ありがとうございます」

「リュウ様を担当する商人ギルド職員は私になりますので、またのお越しの際には私ナターシャのほうまでよろしくお願いします」

「了解しました」

 俺は手続きを終えて商人ギルドを出た。晴れて商人の仲間入りだ。まあまだ物を売ったわけではないけどね。まだ午前中だし、街のベーカリーにでも行ってみよう。

 売られているパンの種類や相場を知りたいし。


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