第一章 異世界にやってきました(2)


 十分後


「よし、手配書にもおまえのような顔はないし、特に問題はなさそうだ。では通行料四千クローネをもらおうか」

 そう言って衛兵は手を出してくる。

「クローネ?」

「おまえ知らないのか?」

 衛兵は呆れつつも説明をしてくれた。

 ここ周辺の国々で使われている通貨単位はクローネと呼ばれていて、お金は硬貨のみ。

 硬貨の種類は、


 石貨一枚 一クローネ

 鉄貨一枚 十クローネ

 銅貨一枚 百クローネ

 銀貨一枚 千クローネ

 金貨一枚 一万クローネ

 白金貨一枚 十万クローネ

 ミスリル硬貨一枚 百万クローネ


 となっている。基本的に出回る通貨は金貨まで、それより上は商人同士の取引で使われるそうだ。

 ついでに物価などについても簡単に教えてもらったが、どうやら日本の円と価値はほぼ同じみたいだ。遊園地の入場料みたいに考えれば妥当な金額か。

「金を持っていないなら、持っているもので四千クローネの価値があるものを回収させてもらうぞ。多少割高になると思うが我慢しろよ」

「分かりました」

 入れないよりはマシか。

「そうだなぁ、おまえの着てる上着は生地の質が良さそうだ。それを回収させてもらおう」

 そう言うと衛兵は俺のスーツを指差してくる。

「これですか? いいですよ」

 どうせこの格好だと目立つからね。列に並んでいる間もジロジロ見られたし。

 俺はスーツのジャケットを脱いで男に手渡す。

「確かに受け取った。通行を許可する。ようこそエルランド国フストリア領ソルーンへ」

 そう言うと衛兵は入り口とは反対側にある出口を指差した。

「ありがとうございます」

 ふぅ。何とか街に入れたな。

 出口を通り、短い廊下を抜けると、目の前には街が広がっていた。

 たくさんの人が行きかっているな。

 大半が地球でいう西洋系の外見だ。着ているものも映画で見るような中世ヨーロッパ風の服装だ。

 コスプレって感じでもないし、やっぱり異世界に来たんだな。

 そんなことを思いながら道行く人を眺めていると、逆にこっちがジロジロと見られた。

 やっぱりスーツ姿は浮くみたいだ。早く着替えたほうがよさそうだな。

 着替えるためには服を買うお金が必要になるけど、手持ちのものを売るしかないか。

 俺は少し街を歩いて見かけた質屋へと入った。話が理解できるのと同じで看板も読めたからね。

 仕事用のカバンを持っていても仕方がないし、中に入ってるものを含めて売れそうなものはすべて売ることにした。


「まいど!」

 珍しいものが手に入ったからか、上機嫌なおばあさんの声を背に店を出る。それから服屋を探し、手にしたお金で服を購入する。

 コーディネートは店員さんにお願いすることにした。俺が選んで浮いたら困るからね。

 その後にスーツの残りを売って、結果手元に残ったお金は十七万千八百クローネ。日本円と価値がほぼ同じであることを考えると、そこそこまとまった金額だ。

 これを元手に生きていかないとな。

 店を出た頃には外も暗くなってきたので宿を探すことにする。

 ボロ宿から高級旅館まで様々あったが、その中からレンガ造りの落ち着いた雰囲気のある宿を選んだ。名前は『アリアドネの宿』と表に書いてあった。

 一泊朝夕食付きで八千クローネ。

 決して安くはないが手元にそれなりの金はあるので大丈夫だろう。

 変に安いところだと安心して寝られないからな。とりあえず街を知るまでは同じ場所にいようと考え、三泊お願いすることにした。

 屋台は建物の脇に置かせてもらい、俺は部屋へと入る。ベッドと机があるだけのシンプルな部屋だ。

 飛び込みの宿泊だったからご飯は明日の朝からということになった。

 しょうがないから俺はベッドに腰掛け、スキルで作って焼き立ての状態で収納してあった食パンを食べる。

 変わらずしいけど、明日には飽きそうだな。何か別の食べ物も食べたい。

「それにしても本当に異世界に来たんだなぁ……」

 つい一日前までは東京でデスクワークをしてたのに、今は異世界の街の宿で食パンを食べている。正直理解も追いついていない。

 やっぱり、両親や友達に会えなくなったのだと思うと寂しい。

 今だったらあの苦手な会社の上司に会うだけでも感動の涙を流せると思う。

 ……いや、それはないな。

 戻ることができるのかそうでないのかも分からないが、今はこの世界で生きていくしかないんだろうなぁ。

 そんなことを考えながら、俺は疲れもあってかそのまま眠りについてしまった。


 目が覚めると目の前に見慣れない木製の天井が見えた。

 そうだった異世界に来たんだよな。夢じゃなかったってことはこれは現実だ。

 こうなったらすることはただ一つ、とことん楽しんでやろう。

 落ち込んでいても仕方ないし、異世界に連れてこられたってことは何かいいことも起こるかもしれない。

 それに絶対帰れないってわけじゃないと思うから、それまで生き抜くことも大切だ。

 よし、切り替えていこう!

「あー、よく寝た!」

 時計を見ると午前十時、昨日の夜はすぐ寝たから十二時間は寝たな。

「それじゃ朝飯でも食べに行くか」

 俺は一階の食堂へと向かう。木製の四人テーブルが七台ほど並べられたこぢんまりとした場所だった。

「おはようございます。朝食をください」

 ちゅうぼうのおばちゃんに声をかける。

「はいよ、好きなテーブルにでも座って待っててちょうだい」

 待つこと五分、

「うち自慢の朝食だよ!」

 おばさんの元気な声と一緒に出てきたのは火がよく通った目玉焼きと少し焦げ目のついたソーセージ二本、パン一つがのったプレートだった。

 俺はテーブルにあった塩を目玉焼きに振りかけると大きく半分に切ってほおる。

「うまいなぁ」

 俺は毎朝朝食を食べるタイプの人間だし、家でもよく目玉焼きを作っていた。黄身まで完全に火を通し、フライパンに当たる部分の白身をカリカリになるまで焼くのが俺流だ。

 好みの目玉焼きが出てきたことでだいぶテンションが上がった。おばちゃんセンスあるな。

 客が俺一人しかいないからか、おばちゃんが俺の目玉焼きを食べる姿を見ていたので俺は親指を立ててGOODサインを送る。

 おばちゃんも笑顔でGOODサインを返してきた。このジェスチャーは異世界でも通じるんだな。

 さて、次はソーセージだ。

 パリッ!

 おお、むときいい音がしたぞ! いつも食べていたソーセージより脂は少なくて若干モソモソしていたが、朝に食べるにはむしろちょうどいい。

 俺は再びおばちゃんに親指を立てることになった。

 最後はパンだ。

 シンプルなドーム型のパンで、トースターでかは分からないが、焼いてある。

 まずはそのまま食べてみようと思い、一口かじってみた。

 ……堅いな。

 第一印象はそんな感じだった。外側はかなり堅くて中も歯ごたえが強い。

 一個食べ終わる頃にはあごが痛くなるかもしれないな。

 いわけじゃないけど、ぶっちゃけスキルで作る食パンのほうが好きだ。

 ……とりあえず流れ的におばちゃんに親指は立てておいた。

 その後はパンと一緒に目玉焼きやソーセージを食べて朝食を満喫した。物足りなさもあるけど、朝ゆっくり起きてのんびり朝食を食べられるなんて贅沢だ。

「いい食べっぷりだったねぇ」

 完食するとおばちゃんがテーブルまで皿を回収しに来てくれた。

「はい、美味しかったです」

「そうかいそうかい。なら作ったがあるってもんだよ。お前さん名前はなんていうんだい?」

「リュウといいます」

「珍しい名前だね。あたしの名前はローサだ。リュウは何の仕事をしているんだい? 平日なのにこんな遅くまで宿にいて大丈夫なのかい?」

「昨日この街に来たばかりで、これから仕事を探そうと考えているんです」

「そしたら冒険者になるのはどうだい?」

「冒険者ですか?」

 この世界にもやっぱり冒険者は存在するんだな。

 ローサさんの話を聞く限り、ラノベに出てくるような依頼を受注してこなしていく仕事みたいだ。ランク制が採用されていて、ランクが高くなればなるほど危険な依頼も多くなるが報酬も上がるみたい。

「いや、実は戦闘が苦手でして……」

 戦闘系のスキルをもらってたら、ためらわずに冒険者を目指したんだけどなぁ。

 そしたらチート無双できたかもしれない。

「確かにお前さん、見るからに弱そうだしねぇ。アッハッハッハ!!」

 地味にひどいこと言うな。あと笑うな。まあでもこの世界の人からしたら、デスクワークの社会人はそんな風に見えるのかもしれないな。

「真面目な話をすると、それなら商人ギルドに行くのが一番だね」

 商人ギルドはこの街で商売している店や露店商などすべての人が加盟していて、加盟していなければ商売として売買することは禁じられているらしい。

 逆にお金を払い、商人ギルドに加盟さえすれば誰でも商売はできるそうだ。

 また、店の従業員の募集などもあっせんしているらしいから、この街で冒険者以外の仕事を見つけるならまずここだとローサさんが説明してくれた。

 確かに、生計を立てるためにはまずそこへ行くのがよさそうだな。

「商人ギルドですか、教えてくれてありがとうございます」

「いいってもんよ!」

 俺はローサさんと別れると身支度をして宿を出た。

 屋台を引いて街中を歩くのは面倒なのでそのまま置いていくことにする。


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