第一章 異世界にやってきました(1)
結論から言うと、俺は異世界に来てしまったようだ。
理由その一、森の中にいる。
公園の道は
理由その二、空が明るい。
屋台に入るまで夜だったのに一瞬で時間が過ぎている。酒はまだ飲んでいなかったので酔いつぶれて朝になったというわけではない。三日前経験したばかりだから確実だ。次の日が休日で本当によかった。
これだけじゃ異世界か分からないはずだって?
そこで理由その三、目の前に文字が見える。
名前 リュウ
種族 人間
年齢 29
レベル1
HP 100/100
MP 100/100
スキル 『屋台』
こんな表記がまるでAR機器を
純文学から漫画まであらゆる本を読んでいた俺は、これがいわゆるラノベのステータス表示であることにすぐ気づいた。意識すれば消すことも表示することもできる。便利だな。
そして名前もリュウとカタカナ表記になっている。
HP、MPともに100ってあるけど多いのか少ないのかはよく分からん。
それにスキル『屋台』ってなんだ? どう見ても無双するような戦闘スキルではなさそうだ。
ちょっとがっかりした気分にもなるが、与えられたものがこれなんだ。しょうがない。
スキルが『屋台』ということは、俺と一緒に転移してきたであろうこの屋台も関係があるということだろう。
横にあるのは、いかにも昔ながらの中華そばを売ってます、という感じの木製屋台。
にもかかわらず屋台の中にはカウンターも調理スペースもガスコンロもない。全体に鉄板が敷かれてテーブル状になっているだけだ。
側面を見てみると、片側には扉式の収納スペースがあった。開けてみても中身は空だな。
「なんにしても腹が減ってるんだよな……」
気になることはいろいろあるが、腹が減っては何もできない。
目の前を道が通っているとはいえ、街までどれくらいの距離があるか分からないからな。というか街があるのかすら分からない。
とりあえず森に入って食料でも探そうか。
そんなことを考えていると、ピコン! という音と共にステータス画面に新たな文字が出てきた。
創造魔法 水、小麦(小麦粉)
創作魔法 パン
収納魔法 収容量0%
どうやら魔法でパンが作れるらしい。でもやり方が分からないな。
とりあえず頭でパンを想像してみる。
だが、いつまで
次に頭の中で小麦をイメージした。すると、ほんの少しだが体の中からエネルギーが抜かれるような感覚がする。うまくいったかも。
しかし、肝心の小麦がどこにも見つからない。周囲を探してみると……
「あった!」
なんと屋台のテーブルの上に小麦が刈り取られた状態で置かれていた。成功したみたいだな。
次に水を思い浮かべるとテーブルの上にグラスに入った水が出てくる。小麦粉も試してみたけど、ボウルの中に粉が入った状態で現れた。
小麦粉と水が出来たってことはパンも出来るんじゃないかと考えた俺は、次にパンをイメージする。
すると、エネルギーが抜かれる感覚と共に目の前にあった小麦粉と水が混ざりながら鉄板へと吸い込まれていった。
そして待つこと十秒。
チリン!
鈴の音が聞こえると同時に食パンが一本テーブルから出てきた。大きさはスーパーで売っている食パン二斤分だな。焼き立てなのか湯気まで見える。めちゃくちゃうまそうだ。
空腹だった俺は手に取って豪快にパンをちぎり、かぶりついた。
「おお、うまい!」
焼き立てほやほやだったのもあって、パンの耳まで柔らかくて最高だ。そのままでも十分うまいのだが、ジャムか何かが欲しくなるな。
そうは言っても、スキルに載っていない以上、ジャムが出てくるわけじゃないから、文句はそれぐらいにしておこう。
夢中になってあっという間に一本食べきってしまった。二斤も食べるなんて初めてだ。
満腹になった俺は改めてステータスを確認する。
最初にMAXだったMP値が95に減少しているようだ。
食パンのおかげで喉が渇いていた俺は、もう一度水を作り出して一気に飲む。
飲み干してから、グラスをテーブルに置くと、パッと消えてしまった。洗わなくていいのは便利だな。
その後もパンを作ってMP値の変化を調べてみた。
結果は次の通りだ。
「創造魔法」消費MP1
「創作魔法」消費MP2
「収納魔法」消費MPなし
パンを作るには、まず創造魔法で小麦粉を作り、その後、創造魔法の水と創作魔法のパンを順番に使ってパンを作る。
つまり合計の消費値は4だ。
そして屋台側面の戸棚は収納魔法になっており、100%になるまで物を入れることができるみたいだ。また、パン一本、つまり二斤で0・5%なのでパン四百斤分が屋台に入る。
実際のスペースより物が入るのは、さすが魔法といったところか。それに暖簾もしまうことができたから、100%にならなければ物の大きさも関係ないのかも。
そして、いろいろやった結果のステータスがこれだ。
名前 リュウ
種族 人間
年齢 29
レベル1
HP 100/100
MP 70/100
スキル 『屋台』
創造魔法 水、小麦(小麦粉)
創作魔法 パン
収納魔法 収容量8%
レベルがあるということは、経験値を増やす方法があるんだろう。でも、それは魔法を使うことで得られるわけじゃないみたいだな。普通なら魔物なんかを倒せば経験値が入るんだろうが、この魔法じゃ戦えないしあまりレベルも上がらない気がする。
まだ分からないことも多いけど、とりあえず水とパンさえあれば生きていけそうだな。
さて、腹も満たしたことだし街でも目指してみますか。
この時、屋台に車輪がないことに気づいたが、イメージしてみると側面に大きな車輪が現れた。これで移動できるな。
「お、意外と軽い」
俺は屋台を引きながらどこまでも続く一本道を歩き始めた。
「よかった街があった!」
歩き始めて数時間、日が高く昇った頃、目の前に人工物が見えてきた。さらに近づくと、見えたものの正体は広範囲を取り囲むような外壁で、その内側には城らしきものが見えた。何日も野宿することを覚悟していたから助かったよ。
さらに進んでいくと壁の前に二つの行列が出来ていた。街に入るために検査でもしているんだろう。驚いたことに、並んでいる人の中には動物の耳が生えている人がいたり明らかに人間ではない人たちもいた。こういう光景を見ると一気に異世界に来たなって感じがする。ワクワクしてきたな。
十五分後
「次!」
男の大声が聞こえてきた。
俺の番が回ってきたので入り口をくぐると、ちょうど壁の中にある部屋の中に通された。部屋の真ん中には座っている衛兵がいて、その向こう側には出口らしきものがあった。
入ってきた入り口とその出口には衛兵が二人ずつ待機している。座っている人も含めると五人いることになるから圧迫感がすごい。
俺は机の前で椅子に座っている衛兵の前に行く。
衛兵は金属で出来た
「名前は?」
衛兵は鋭い目つきを向けながら聞いてくる。
聞こえてきた言語は日本語ではなかったが、俺はすぐに理解することができた。
「リュウです」
この世界に来て初めての会話だから少し声が震える。口から出た言葉も日本語ではなかったが、これも伝わっていることは直感的に分かった。
「ふん、珍しい名前だな。何か身分を証明できるものは?」
「身分証?」
俺はいつもみたいに財布から運転免許証を取り出して衛兵に手渡した。
すると、衛兵が次第に
「おまえ、これはなんだ?」
「免許証ですけど?」
「あのなぁ、こんな文字も読めない紙切れが証明になるわけないだろ。
「あ……」
条件反射で免許証を出しちゃったけど、異世界で日本の免許証が通用するわけないよな。
「すいません、身分を証明できるものは持ってないです」
「まあいい。身分証がないなら審査に時間がかかるが我慢しろよ」
「はい、分かりました」
よかった。門前払いではなさそうだ。
「どこから来た?」
「だいぶ遠いところです。言ってもご存じないかと」
嘘は言っていない。そもそもこの世界の地名を一つも知らないから嘘をつくこと自体できない。
「そこにあるものはなんだ?」
「これですか? これは屋台です」
「変わった形だな。ここに来た目的はなんだ?」
異世界転移してきたのでとりあえず人がいるところにやってきました! なんて言っても絶対信じてもらえないから、
「仕事を探して転々としているところです」
と答えておいた。まあこれも間違いじゃないからね。いずれ仕事を見つけないといけないし。
こんな感じでいろいろな質問をされる。それに対して俺も淡々と答えていった。なんか就活の面接を思い出すな。
まあそのときの面接官より目の前の剣を持ってる男の人のほうがよっぽど怖いけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます