第2話 息子が賞賛する千誠の料理
邪魔者がいなくなったところでクリームソースに入れる野菜類を切っていく。タマネギとジャガイモ――は水に浸して変色しないように気をつけつつ薄切りにし、ほうれん草を軽く茹でる。
鮮やかな緑色になったところで水気をとって適当なサイズに切る頃には鮭が焼き上がる。時短の為にタマネギとジャガイモはレンジで加熱し、その間に鮭をほぐし、骨を取り除いていく。
途中でタマネギをフライパンへ移して炒め始めると一気に忙しくなる。タマネギを炒めるのを寛茂に頼みたくなり、そこでようやく自分の料理の手順が誰かと共にキッチンへと立つ時のやり方になっているのだと気付く。
二人での料理にすっかり慣れてしまった自分を面映ゆく感じながら、鮭をほぐしていった。
「うわっ、何これ!? ピリ辛で、丸ごとおいしいっす!」
オクラの塩漬けを食べ始めたらしい寛茂の、いつも通り語彙力が消失したコメントをBGMに作業を続ける。
当然ながら鮭をほぐす作業は時間がかかる。ほぐしている間にタマネギ意が良い具合になり、牛乳と小麦粉、コンソメの素などを加えたクリームソースの仕込みと兼ねるようになる。最初はバターと小麦粉で、徐々に牛乳を加えていきコンソメの素や塩胡椒が入る。
タマネギとジャガイモで小麦粉とコンソメの素が玉になったり偏ったりしないようによく混ぜながらとろみがつくのを待つ。簡単に味見をして塩胡椒で調整するのも忘れない。
そうしている内に、ようやく鮭をほぐし終わる。火を止めたソースに小松菜と鮭を入れ、ドリア用のバターライスの仕込みに移る。
「親父、ビールの進み早いね。他の飲み物もあるけどそっちにする?」
「あと二十分近くかかりますけど、何か好きな飲み物とかありますか?」
聞こえてきた寛茂の声に反射的に声をかける。
「いや、そこまで――」
「親父は焼酎とか好きだったと思います!」
「おいっ」
バターの溶ける香りを嗅ぎながら焼酎の在庫を思い描く。
「芋と黒糖がありますけど」
「で、では芋でお願いします」
遠慮がちな言い方に小さく笑い、リクエストに答えるべくストックを取り出した。
「ヒロ、これでよろしく」
「はい! ありがとうございます」
とってこいができた犬のような笑顔が可愛らしい。頭を撫でそうになり、そういえば料理中だったのだと思い直す。
気を取り直して料理に戻る。溶けたバターの泉に白米を落とす。黄金色の油を絡ませれば、白米はぱらぱらとしてくる。軽く塩胡椒を加えて味を調えてバターライスは完成だ。
ここに砕いたニンニクが加わっていたらパンチが効いてもっとおいしいのだが、あいにく今夜は平日の夜である。明日息が臭いのは遠慮したいところだった。
ニンニク入りのバターライスは後日リベンジすると誓い、グラタン皿へとよそった。よそい始めるタイミングでクリームソースの再加熱を始める。
ちょうど良い具合に加熱されたクリームソースをバターライスに乗せ、さらにピザ用のミックスチーズを乗せていく。仕上げにパルメザンチーズをかければほぼ完成だ。
ドリアをオーブントースターに入れ、スイッチをひねる。電子レンジのオーブン機能も良いが、千誠はトースター派だった。一度にいくつもの料理を作る事が多い為、多機能の電子レンジはだいたい別の料理を作るのに使っているからである。
今日は簡単に作れる温野菜とカプレーゼを用意する。温野菜は定番のブロッコリーにカボチャ、ニンジンにした。トースターでチーズが溶け、焼き色が着くまでにそれらを仕上げるのは少々大変だが、無理ではない。
カボチャはあらかじめカットしたものを冷凍してある。解凍ついでにすべて終わる。
ブロッコリーは昨日使った分の残りを使うし、必要なのはニンジンだった。ニンジンは軽く皮を剥いて適当に切る。その間にカボチャの解凍を始めた。
切り終わったニンジンをカボチャに加え、加熱する。最後にブロッコリーを加えて混ぜ、ブロッコリーが温かくなるまで加熱すれば完成だ。温野菜のドレッシングは味噌だれが合うが、今回はさっぱりとさせたい為、オリーブオイルと醤油にレモン汁を加えて作る。
そうしている間にドリアの完成も近づいてきた。きつね色の焦げ目がつき始めている。
「ヒロ、手伝ってくれる?」
「待ってました!」
スピードアップをはかる為、寛茂を呼ぶ。彼は勢いよく立ち上がって自分の父親を驚かせながら飛ぶようにしてやってきた。
「温野菜を盛りつけてくれるか。俺はカプレーゼ作るから」
「任せてください」
無駄にきりっとした決め顔をして作業を始める。小皿に分けていく様子を視線の端で確認しながら、千誠はトマトを切っていく。スライスしたトマトに同じくスライスしたモッツァレラチーズを挟んでいき、オリーブオイルをかけて軽く塩をまぶせば完成である。
「あ、配膳も始めて良いぞ。ドリアも、もうすぐ完成だから」
「はい!」
ドレッシングを丁寧にかける姿へ声をかければ、元気な返事。同時にオーブンが小気味よく鳴った。
「お待たせしました」
千誠は完成したドリアをグラタン皿用の鍋敷きに乗せ、寛茂の父親へと差し出す。祥順と浩和を招待する時用として余分に買っておいたものがこんな事に活用されるとは、と内心で笑う。
千誠はカトラリーを並べ、寛茂の父親に焼酎をサーブする。
「親父、栗原さんの料理は本当に絶品だから期待して食べて」
「熱いのでお気をつけて」
「いただきます。見た目からしておいしそうです」
そう言ってスプーンでドリアをすくう。とろりとチーズが伸び、それを見た彼は口元を緩ませる。そのままスプーンを口に運び、やはり熱かったのか、はふはふと熱さを逃がしながら咀嚼した。
「おいしい。……息子から聞いていたとおり、料理の天才ですね」
「いえ、そこまででは」
千誠の隣で照れている寛茂を柔らかな表情で見つめる父親の視線は慈愛に満ちている。
「塩加減とか、すごく絶妙じゃない? 変なえぐみとかないんだ」
「お前、“えぐみ”なんて単語知っていたのか」
「ええっ、知ってるよそれくらい!」
自慢げな寛茂に驚いてみせる彼のやりとりは、とても微笑ましい。二人の会話に相槌を打ちながら、千誠も己の料理を口に運び始める。
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