第6話 にぎやかな男女達の大円団
新居に着いた千誠は真っ先に寛茂を座らせた。てれてれとだらしない笑みを浮かべる彼は、少し前まで幸せだと言いながら嬉し涙を流していたような殊勝な雰囲気はない。
二日酔いで死にそうな顔をしているよりは良いかと思い直し、引っ越し業者の搬入を見守った。
ソファの搬入が終わればソファに、さらにベッドの運び込みと組立が終わればベッドへ、都度都度安静にできる場所へ移動させられた寛茂は、二日酔いが吹き飛んだかのように嬉しそうな笑みを返してくる。
悪態を吐きたくなるくらい可愛い姿だ。今すぐにでもこれからもずっとそんな姿が見れると思えば、このムラっとくる気分もやり過ごせるはず。
――そうは思っても、盛り上がった気分はそう簡単に収まりそうにない。千誠は密やかに溜息を吐くのだった。
引っ越し祝いがてらにケータリングしてやるのはどうか。そう提案したのは明寧であった。紗彩は「うん。作ろう!」と即答し、早朝に祥順と浩和の家から去る事になったのであった。
二人の愛の巣に戻る途中、材料を調達して早速作業に……の前にシャワーを済ませる。一晩飲んだくれて、あまり身綺麗とは言い難い状態だった。
本当は買い出しも身だしなみを整えてからにしたかったくらいだが、大切な友人の為だ。効率よく動く事を優先させたというわけである。
「蕎麦は向こうで茹でるでしょ? そうしたら添え物の天麩羅と、あとはなんだっけ」
「お浸しとか小鉢系を何種類か作るって話してたよ」
紗彩が米を研ぎながら明寧に話しかければ、彼女は野菜を取り出しながら笑う。
目を細める姿を視界の端に捕らえつつ、炊飯器をセットする。これは蕎麦だけでは大柄で筋肉質な男性陣の胃袋には足りないだろうとの考えから、好きなタイミングでつまめるおにぎりを用意しようという紗彩の思いつきであった。
「このほうれん草はお浸しに使うよー」
「私は天麩羅に集中するから、どんどんよろしく」
二人で同時に別の調理をするには少し手狭なキッチンを、互いの動きを読んで行動する。簡単ではないが、慣れればそうでもない。
息がぴったりとは、こういう事を言うんだよね……。紗彩は浩和との生活を思い出す。彼と二人で料理をする時、よくぶつかってしまっては笑っていた。
ちょこちょこぶつかるのはアトラクションのようで、それはそれで楽しかった。でも、今思い返してみればあれだけの年数を共に生活していて、最後まで変わらなかったのだから、紗彩と浩和の関係は“そこまで”のものだったのだろうとも思えてくる。
浩和との生活は悪くはないどころか快適だった。でも、多分、紗彩と浩和は良くも悪くも似すぎていたのだ。それこそ兄妹のように。浩和の勘違いから始まった別れであったが、存外に悪い事ではなかった。恋人に突然疑われて絶望を感じたのも、今では懐かしむ事ができる。
――それに今の恋人の方が理解できないし、毎日がおもしろい。
「さっきのほうれん草、一部白和えに使うけど良い?」
「うん。天麩羅にはしないし全部いい感じにしちゃってー」
明寧は行き当たりばったりな部分がある。でも、最後には帳尻が合うのだ。計画的に動く紗彩とは全然違う。予想がよく外れるのは、紗彩が決して明寧への気持ちが小さいからではなく、彼女自身が自由だからだ。
思いつくままに料理をしている明寧を側に感じながら紗彩はあつあつの油に衣を落とした。
「はーい、ビューティーとプリティーが最高の引っ越し祝いを持ってきたよー」
荷物の移動が終わったという浩和の連絡を受け取った紗彩と共に乱雑男の新居に向かった。浩和と祥順が言うには“元聖人”らしいが、聖人らしい丁寧な扱いをされた事がないから明寧にとってみればただの乱雑男だ。
マンションのエントランスで出迎えてくれたのは、その乱雑男――もとい、新居家主の千誠だった。
「おっ、デリバリーを待てと伝言してきたという事は飯だな?」
「違ってたらどうする?」
「笑いながらピザ屋に電話する。でも飯で合ってるだろ?」
「まあね」
まさかこれだけとは言わないだろ。と笑いながら手荷物を奪っていく。そのスマートさは確かにできる男の片鱗だ。
「もっと重いのあるなら、一旦これ部屋に持ってってからもう一度取りに行こうぜ」
ありがたい申し出だったが、料理の持ち込みは慣れている。二人で持っていた分を目の前の男に押しつけて、残りの分を取りに行った。
「ちーちゃんって、頭の中で何パターンか想定しておいて、状況に合わせて微調整していって完璧な流れを作ろうとするの凄いよね」
「そうなの?」
紗彩がトランクからタッパーに詰め込まれた料理が入っているザックを取り出しながら呟いた。
「うん。料理じゃない可能性があるから自分一人で出迎えしたんだよ。料理じゃなかったら人数いると仰々しいし、私達が気まずい気持ちになるかもしれないじゃない?
それで料理だと分かったから、とりあえず重いだろう荷物を奪って人手を増やす必要があるかをさりげなく聞き出そうとしてた」
「へぇ」
「そういうのを無意識でやっているのは根っからの良い人で、でもそういう人はどっかぎこちないものだよ。彼にはそういうのがない。全部想定内だからスムーズに動けるんだと思う」
自分だったら絶対に無理だ。明寧は千誠への考えを少し改めてやる事にした。接し方は変わらないが。
「それに気付く紗彩もすてきですごいよ。さすが私の片翼」
「ふふ、二人でならどこまでも羽ばたけるよ」
軽口を叩く彼女が愛しい。ちょっと考えすぎてしまう真面目なところも、それを自分にしか出さないところも、何もかも。紗彩は早合点をしてくれた浩和にこっそりと感謝した。
「うわぁ、豪華」
「すごいっす!!」
浩和と寛茂の声がかぶる。絶妙なヒロコンビ具合を見せる二人に笑いが起こる。祥順は食事に必要なものや飲み物類の用意をする紗彩の手伝いに回った。
「浩和、蕎麦茹でてやって」
「ありがとう」
「温冷どっちが良い?」
勝手に決めないところが浩和らしいと祥順は頬を緩ませる。
「あったかい方ー!」
「俺冷たいのが良いな」
「両方な。了解」
鍋、鍋、とわたわたする寛茂の隣でさっと鍋を取り出す浩和を見てしまった千誠が吹き出す。
「あっ、栗原さん酷い!」
「いや、これは笑うしかねぇだろ」
わいわいとしている内に蕎麦も茹で上がり、テーブルの上にも料理が広げられ、新居パーティの様相を見せていた。
「んじゃ、これからも愛する人との幸せな一生に乾杯」
「うわ、セリフくさっ」
「良いだろが。ここにいるのはカップルだけなんだからよ」
にやりと笑う千誠に、揶揄した明寧はそれもそうかと納得してみせる。思わず互いを見合ってしまった祥順と浩和は、照れくさそうに口元を歪ませたのだった。
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