書類不備が作った不思議な縁

第1話 同性カップル達の賑やかな食事会

 いつの間にか男四人だった食事会に女性二人が加わっていた。浩和ひろかずは見慣れてしまったこの光景を眺めて感慨深く思う。長年の恋人に振られたのは一年半以上前で、その時にはこうなるとは微塵も思わなかった。

 今は祥順よしゆきと二回目――恋人になってからは初めてだ――の年末を迎え、年明けの忙しさと新年度の忙しさの合間にいる。それを活用して小休止のような日々を過ごしていた。


 仕事が忙しくないとは言えないが、寛茂ひろしげがだいぶ成長してくれたおかげで、去年組んで以来、度々協力して仕事をするようになっても自分の負担が増える事はない。それだけでかなり精神的に楽だった。


「さーや、あまりヒロに飲ませないでやって」

「良いじゃない。私、シゲちゃんがべろんべろんになってちーちゃんに甘やかされてるのを見るの大好き」


 紗彩さあやは気が付いたら寛茂と千誠ちあきに可愛らしいあだ名をつけて呼ぶようになっていた。小学生くらいまでしか使わないようなあだ名に最初は二人とも困惑していたが、今ではもう慣れてしまったようだ。

 寛茂は既に顔を赤く染め上げていて、これ以上飲ませれば二日酔い必死な雰囲気をしている。そんな彼に紗彩は一見ジュースのような色味のカクテル――あれは絶対に度数が高い――を飲ませようとしていた。


「俺も酔っぱらって可愛くなってるヒロは好きだぜ。ほんと、食っちまいたい」

栗原くりはらさん、あなた既に酔ってるんじゃ……」


 ハイボールをかざしながら言う千誠は顔色こそ変わらないものの、欲望が口からこぼれ出ている。新しくつまみをつくって運ぶ祥順が眉をひそめた。


「あ? 俺は大丈夫だ。酔い潰れたらヒロの事アレコレできねーからな」

「いつもより口調が悪いんで、絶対酔ってるよ」


 そう言いながら苦笑する祥順は、この状況を嫌がっているわけではない。祥順の中で千誠は聖人君子でなくなってしまったが、むしろ今の人間らしい俗世まみれの姿に好感を持っているようだ。


「ん。まあ、カジ君が可愛く見えるからちょっとは酔ってるな」

「もう、そんな事言って」


 奥二重のすらりとした目を上目遣いにしてテーブルにつまみを置いたばかりの祥順を見る。その指先は祥順の顎にかかっていて、相手を魅了して堕落させようとする悪魔のようだ。


「褒めてもらうのは嬉しいけど俺は浩和だけって決めてるし、栗原さんこそ伊高いだかさんにしか興味ないくせに何言ってるんだ」

「だよなぁ」


 くつくつと喉の奥で笑う男の姿は、聖人君子だと思っていた頃とは雲泥の差だ。こんな男に見つめられて恋人にうっとりとされたらどうしようかと一瞬でも思ってしまった浩和は悪くないだろう。


「そんな駄犬でばっかり遊んでないで、恋人の事も構ってよね」

明寧あかね


 紗彩に後ろから抱きついてきたのは、彼女の恋人だ。相変わらず男顔負けのモデル体型で浩和も格好いいと認めざるをえない。


「だって幸せなんだもん。こうやって、楽しく過ごせるなんて思わなかったじゃない? こんな未来がくるなんて、嬉しくって」


 浩和と似たもの同士だった紗彩の言いたい事は分かる。つい先ほど浩和だって同じような事を考えていたからだ。

 明寧は彼女の言葉に同意するかのように口角を上げた。その手に持つ、浩和が作ったチャイナブルーが揺れる。


「感慨深いって? 過去なんて良いじゃない。今、私と幸せなんだから。で、ついでに幸せそうな友人達もいて、もっと幸せ。それで十分でしょ」

「うん。そうね」


 頬を寄せ合うようにして唇を寄せる恋人達に千誠が口笛を吹く。


「お熱いね。ヒロ、俺らも負けてらんねぇぞ」

「栗原さぁ――んっ!?」


 両手を広げた千誠に寛茂がわんこよろしく飛び込んでいく。

 それを器用に受け止めた彼はそのまま寛茂の唇をむさぼった。


「んんっ!? んぱっ、んんむ!」


 ハプニングバーという文字が咄嗟に浩和の頭をよぎる。いや、ここは俺達の家だ。

 さすがにキスまでだろう、と思っていると横から冷めた声がした。


「……混沌としてきたな」

「祥順はこういうの見て羨ましいとかあまり思わないタイプだもんな」


 あのカップル達のようにはっちゃけてみたい気もするなと思いつつ、祥順に顔を向ければ不思議そうな顔をしている。


「そう言うって事は、浩和はしてみたいんだな?」

「いや、まあ公衆の面前では後込みするけどこの空間でなら」


 何とも中途半端な回答になってしまった。きっぱりと公衆の面前でだってしたいと言えば良かったか。


「確かに、この空間でならさほどは……」

「へ?」


 うんうんとうなずいた祥順は突然浩和の頭を掴んで唇を寄せた。


「ふむ。悪くはないな」

「はぁあぁ?」

「あっ、カジくんが浩和君にキスしたぁー!」


 こういうのが好きなタイプではなかったはずだが、と動揺する浩和にたまたま目撃してしまった紗彩が叫ぶ。

 つられた千誠がもう一度してみせろと言わんばかりにきらきらとした視線を飛ばしてきた。彼らの様子に浩和は口元をひきつらせた。

 祥順に視線を向ければしたり顔で笑んでいる。こいつ……!


 余裕のある態度を崩してやりたくなる。浩和は視線が集中している中、祥順の唇にかぶりついた。仕掛けてきたのは祥順の方だったのに、逆襲した途端に小さく暴れ始めた。


「んー! んふ――!!」


 浩和の胸に両手をつきだして逃げようとするのを、腰を抱き抱えるようにして囲い込んで防ぐ。反り腰になって体勢が辛いだろう彼の唇をついばんだ。

 ディープキスはしないぞ、という強い気持ちを表すように一文字に結ばれたその唇にちょっかいを出し続ける。その猛攻を見て千誠が「もっとやってやれ!」とはやし立てる。


 祥順には悪いが浩和の方が体を鍛えている為、力もその持久力も上だ。祥順の拒絶が弱っていくのに時間はかからなかった。

 かたくなな唇を甘噛みし、舐め上げる。祥順の腕の力が弱まったのを良い事に、ホールドしていた力を緩めて腰元を指先で遊ぶ。

 腰が弱い彼は小さく震えて耐えていたが、遂に集中力が途切れて口が小さく開いた。それを逃す浩和ではない。するりと舌を滑り込ませ、そのまま濃厚な口づけへと持ち込んでいった。

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