第27話 お祝いの宅飲みは贅沢手作り

 寛茂のおかしな様子に、一緒に出社した祥順と浩和は顔を見合わせた。


「……うまくいったのか?」

「多分……?」


 先週とは違った雰囲気でぼうっとしている。いや、ぼうっとと言うよりは何かを思い出してにやにやとしているようである。よほど良い事があったに違いない。祥順は半ばほっとしながら思う。


「あっ! 来た!」


 二人の影に気が付いた寛茂がぱっと顔を上げて駆け寄ってくる。大型犬が遊んでくれる相手を見つけた時にそっくりである。爛々と輝いた瞳をこちらに向けてくる長身の男は、頬の筋肉がひきつらないのか心配になるほど口角を上げている。


「相談に乗っていただきありがとうございました!」


 とても素晴らしい体勢で、見本用として写真に納めたくなるようなお辞儀だった。感心している祥順の隣で我に返った浩和が彼に手を伸ばす。


「その顔って事は、悪い事にはならなかったらしいな」

「はいっ」


 軽く肩を叩かれて嬉しそうにする寛茂は、まさに幸せで絶好調といった様子である。


「滝川先輩の暴露と梶川さんの冷静さがあったから、俺、俺……っ」

「いや、俺達は話を聞いただけだから。なあ、カジ君」

「ええ。滝川さんの言う通りです。だから伊高さんがそんなに言うほどの事はしてませんよ」


 二人はそれからあの手この手で寛茂を宥め賺す。


「今度、みんなで食事しよう。な? それでお祝いするんだ。きっと楽しいぞ」

「そうですよ。二人ののろけ話をいっぱい聞かせてください」


 祥順の一言が寛茂に止めを刺した。急に瞳に水の膜を張り始めたのに気付き、祥順は「やばっ」と小さく声を漏らす。


「もうこれで話は終わりだ。仕事が終わってからゆっくり話そう、な?」

「ん……っ、ありがとうございます!」

 浩和のフォローに寛茂はきらりと光る目尻を豪快に拭い、笑顔を見せるのだった。




 都合をつけた四人は、祥順と浩和の家に集まっていた。外食も考えたが、結局は宅飲みで、となった。理由は人目をはばからずに話ができるから、である。

 それに、ある程度料理ができるメンバーで構成されている為、食べ物に困る事はないというのもある。酒に関して言えば元恋人の影響で浩和がカクテルを用意する事ができるから居酒屋並のラインナップが用意できる。


 贅沢な宅飲みができるのならば、わざわざ個室の適当な店を見繕うよりも色々と都合が良いのであった。

 という事で、土曜日に集まった面々は思い思いに好きな食材を持ち込み――一部調理済みの料理を持ち込んでいた――キッチンで料理をしている。


「宅飲みなら、角煮とか欲しくなるかと思って仕込んできた」

「すご。しかも美味そう」

「栗原さんの角煮は絶品っすよ!」

「とりあえずそれ、冷蔵庫に一旦しまっておくよ」


 はしゃぐ面々に祥順は笑いながら持ち込まれた千誠特製の料理をしまっていく。意外にも千誠が乗り気で、手の凝った時間のかかる料理が持ち込まれた。

 いや、意外でもないか。祥順は思い直す。きっと彼なりの理由がありそうである。


 ――そう。例えば、自分の作った料理の方が美味しいと初々しい恋人に褒めてもらいたい、とか人の作った物だけを食べる姿が見たくない、とか。


 もしかしたら、おいしい料理を数多く持ち込む事で恋人自慢をする恋人が見れるチャンスを増やしたい、とかかもしれない。

 あり得る。祥順は寛茂のべた褒めに余裕の笑みを絶やさずにいる千誠が視界の隅に入り込んできたのを見て思う。


 何となくだが、千誠は割と愛情が深く独占欲の強いタイプだろうと祥順は思っている。しれっと気に入った相手を囲ってしまったりするあたりにそれが現れている。

 ちょっとした完璧主義なところも時々漏れるようになってきた。少し前までは、それが当たり前だと思っていた祥順はいかに自分が彼を盲信していたのかに気が付かされる事にもなったが。


 祥順も完璧主義な部分が多いせいか、最近の千誠の気持ちがよく分かる気がしている。今も何でもないように笑っているが、寛茂の笑顔に内心では鼻の下を伸ばしているに違いない。

 冷蔵庫にしまおうとした時、肩に手がかかる。


「あ、それ。つまみながら料理できるなと思って作ってきた奴だから冷蔵庫に入れなくていい。こっちにくれる?」

「どうぞ」

「ありがとな。ほら、二人ともこれ食ってみ」


 持っていたミニトマトのマリネを千誠に渡すと、彼はフォークを突き刺して口につっこんできた。汁気のあるそれを慌てて受け入れる。

 千誠はにっこりと笑んで見せ、続いて寛茂と浩和にもミニトマトをつっこんだ。


「んっ、うまっ!?」

「調味液作るの成功したんだ。酸味のバランスが絶妙だろ。あとは甘いトマトが手に入ったのも大きいな」

「はふがくりはらはん!」

「ヒロ、食べて終わってから話せよ。汁が飛ぶ」

「ふぁい」


 行儀の悪い返事をする寛茂を眩しげに見つめながら千誠が笑う。そんな彼らの様子を穏やかな気持ちで見つめた。


「でも栗原さんがフランス料理とか珍しいな」


 浩和がペペロンチーノ用のキャベツを電子レンジに入れながら言う。今日はキャベツとツナを使ったペペロンチーノらしい。

 電子レンジで日を通したキャベツとツナを塩、胡椒、ガーリック、唐辛子で味付けし、パスタと和えるだけの簡単レシピである。

 祥順は既に何度も食べていて、定番となっている料理の一つであった。レンジ台で作業しているのは寛茂で、こちらはカナッペ用のトッピングを作っている。その寛茂の手伝いや指示をしてやりながら千誠は簡単に答えた。


「だって、二人はフレンチとかイタリアンとかも好きだろ?」

「そうだけど」

「いろんなカクテルが楽しめるなら、料理もそれに合ったものが良いだろ。確かに俺は和食が得意だが、別に他が作れないわけじゃないしな」

「栗原さんはすごいんっすよ! だって――」

「お前は黙ってろ、話が脱線する」

「はひ!」


 寛茂が割り込もうとしたのをトマトで封じる千誠は言葉とは裏腹に楽しそうだ。満喫している。祥順は微笑ましいやりとりを見てそう確信するのだった。

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