猫被りの為のメソッド

第1話 料理上達の目的は人それぞれ

 今、千誠ちあきはとても良い気分だった。祥順よしゆきからの依頼で彼と浩和ひろかずの二人に料理を教えてきたからである。二人の新居にお邪魔させてもらえたというのも大きい。

 二人は相変わらず千誠の事を友人だと割り切りきれずにいるようで、言葉遣いが面白かった。

 それに、どうやら千誠が理想の上司であると考えているらしく――“こんな上司だったら嬉しいだろう”“可能な限り正しい人間であれ”と行動しているから、そう思われるのも不自然ではないのかもしれない――と事ある毎にわくわくと目を輝かせながら見つめてくる。


 実際の千誠はありとあらゆる事の対処法を知っているわけでもなく、何でも自主的に取り組んできた経験から事象を想像し、対処しているだけである。それを積み上げていったからこその評価なのだろうが。

 彼らの視線に相応しい人物であるという自覚はあまりない。相応しくない部分はこれから友人として関わっていく内に見せる事になるだろう。


 それでもまだ、同じような視線を向けてもらえるのなら、本当に自分はその視線に相応しい人物なのだと思えるだろう。

 二人が送ってくる視線が変わってしまうのが恐いような、むしろそれを望んでいるような、わがままな自分がいる。千誠は今までの人生の中で、自分という存在が自分が思っている以上に人との関わりを望んでいたのだと実感していた。


 プチ料理教室の事を思い出す。二人とも器用で手慣れていた。特に浩和の方は長年キッチンに立っていたのだと思わせる包丁さばきであった。祥順の方は、少々粗が目立つものの一般人が人に振る舞う料理としてならば十分なレベルであった。

 今回教えたのは簡素的な懐石料理であった。もちろん豪華な方の、である。“豪華”とは見た目の事で、中身は普通である。スーパーで買えるものばかりであった。

 出汁を使いたいというリクエストに沿う為、出汁を取るに相応しい食材や料理の材料を用意するところから始まった。食材の選定方法についての説明は後日に回すとして、今回の買い物は千誠一人で行った。


 材料を揃えて向かった先は二人の新居。初々しいような、その割には雰囲気が甘く感じられない二人が待っていた。部屋はシンプルだがそれなりに家具があり、千誠に二人らしい選び方だという感想を抱かせる。

 無駄がないと言えばそうなのだが、自分達の生活がうまく想像できなければ作れない部屋であった。千誠の方は収納家具が少なく、やや無機質な雰囲気である。それと比べ、この部屋の暖かな雰囲気。

 真似したいと思わせる部屋であった。


 キッチンは広めで、二人がここに立って料理をして過ごしているのが簡単に想像できた。千誠の家のキッチンも広いが、それとはまた種類が違う。

 二人がここで楽しそうに料理をする姿を実際に見せてもらえる時はいつになるだろうか。千誠の楽しみがまた一つ増えるのだった。

 調理器具は思った通り、豊富だった。ほとんど一通りが揃っていると言っても過言ではない。普通の男性であれば買わないような鍋まであった。

 料理をする、と言っていた二人の言葉が過小評価であったと千誠が思うくらいだ。


 千誠は二人の実力が分からず、本当の初心者向けのものから上級者向けのものまで料理に組み込んでいた。これは上級者向けを中心に頑張ってもらっても大丈夫かもしれない、と千誠は頭の中で予定を組み立てる。

 全て予定通りに、とまではいかないがかなり良い進行具合だった。祥順が本当はドジっ子だったり、浩和が割と神経質なタイプだったり。そんな新事実を発見しながらの料理はとても楽しかった。


 あっという間に料理教室は終わり、昼食になった。

 皿だけはどうしても足りなくなる為、大皿に盛り付けてのビュッフェ風にするしかなかった。が、和気あいあいと食事をするにはとても向いているスタイルで、食事は大いに盛り上がった。


「栗原さんって、どうやってこんな料理を覚えたんだ?」


 よく聞かれる質問である。親しくなったりして料理を振る舞う機会が訪れると、ほとんど必ずと言ってもいい程に聞かれる。

 その度に冗談を混ぜてみたり、誤魔化してみたりする事も多かったが今回は正直に答えた。


「料理ってできるだけで男受けが良いんだ。それに和菓子屋なのに何も作れないのはプライドがね」


 二人が何とも言えない表情をした。まあ、そうだろう。だが、女性だってやっている事ではないか。それの男版があったって良いと思う。


「まあ、料理は重要だよな。俺が料理教室に通うきっかけになったのはさあや……元カノとの生活を良くしようと思ったからだし。

 充実した生活においしい食事は必要だよ」


 浩和の言葉に千誠は大きく頷いた。その通りだとも。


「……俺、良い男の条件は料理ができる事だと思っていたんだ。実際二人とも良い男だし、俺も頑張らなきゃなぁ」

 しみじみと言う祥順は、どこか幼くも見える。千誠はこういう純粋な気持ちで生きる人間が眩しく感じてしまう。


「カジくんはそのままで十分良い男だと思うけどな。でもそんな努力家なら俺だって応援するよ。目標があればやりがいもあるし、上達も早いから」


 今回の料理教室が大変だったらしく、祥順はかなり疲れた顔をしていたが、千誠の言葉を聞いた彼の顔色は明るくなった。


「頑張る! 普段は浩和に教えてもらってるんだけど、和食は栗原さんの方が良いんじゃないかって彼と話してたんだ」


 どうやら二人の家に呼ぶ口実かと思っていたが、本気だったらしい。浩和も小さく頷いており、祥順だけの考えではないと分かる。


「……じゃあ、また考えてくるよ。今回で二人の能力も分かったし、二人向けにカスタマイズできるから期待してて」

 祥順がほっとしたような表情をし、浩和がそれを肘でつつく。本当に可愛らしいカップルで、千誠は微笑ましい気持ちになったのだった。

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