第14話 ちょっと意地悪な千誠の優しいデザート
撫でられた寛茂は一瞬だけ、きょとんとした表情で見つめ、嬉しそうに頬を緩ませる。さながらいい子にしていたのを褒められて喜ぶ犬のようである。
「どんなお店?」
「えっとですね、豆腐専門店なんです」
「ほう」
寛茂にしては珍しいチョイスであるところからして、おそらくあの二人が選んだ店だろう。
「豆腐専門と言うからには、豆腐がたくさん食べられるのか?」
寛茂はしばらく考えるそぶりを見せてからしっかりと頷いた。その様子から察するに、寛茂自身がその店をよく分かっていないようだ。
豆腐専門店と言っても、いろいろな種類がある。本当に豆腐しか扱っていない店から豆腐を使った創作料理で豆腐料理店とした方が良いのではないかというくらいに豆腐っぽくない料理ばかりが並ぶ店まで、幅が広いのである。
迷ったという事は、豆腐以外に豆腐を使った料理も豊富なのか、豆腐料理ばかりで豆腐というには不安がある……といったところだろうか。まあ、いずれにしろ行けば分かる事だ。
「ふぅん、楽しみにしておくよ」
剛毛気味で少しばかりゴワついている彼の髪は、何だかフェイクファーのラグや動物を撫でているような絶妙さがある。
「いつ行こうか?」
「えっと、えっと……」
テーマパークへ行くのが決まった小学生みたいにわたわたと慌てている。その様子がおかしくてついに吹き出した。
「ふは……っすまない、限界っくくっ」
たったこれだけの事にそこまで必死になるなんて、本当に寛茂という存在は可愛い。いらっとさせられる事もあるが、こういうところは良い。癒される。
突然笑い出した千誠に、寛茂は戸惑った表情で動きを止めた。
「ええっ!? どうして笑うんすか???」
何がどうして笑いを引き起こしたのか分からず、寛茂の不満そうな声が響く。
「くく、夜だからそんなに大きな声出すなよ……ふふ……すまない、でも、無理……」
「ええー!!!」
眉尻を下げ、情けない顔をしながらうろたえたり、不満げな顔にしたり、微妙に変わる顔も可愛い。いや、もう何なんだろうこの生き物は。千誠は目尻に涙を浮かべながら笑い続けた。
可哀想に、寛茂は彼の笑いが収まるまで「笑うのやめてくださいよー」と困り顔で言い続けるしかなかった。
笑い終わった千誠を待っていたのは、不満そうな顔を前面に出した寛茂だった。不満を隠そうとしないその姿が逆に可愛く見える。
「可愛すぎるヒロがいけないんだ。さあ、お風呂に入ってきなさい」
「……納得いかないけど、入ってきます」
寛茂に無理やり着替えを渡し、くるりと風呂場の方へ回転させる。そこまでされればさすがに言う事を聞いてくれるはずである。
風呂に入る必要がないのは承知しているが、ジムに行った事を秘めているからにはそれを知らんぷりするのが筋だろう。
寛茂も探られたくないのか、そのまま大人しく言う事を聞いてくれた。どことなくしょんぼりとしているように見える。
何か変な事でも言っただろうか? 直前の会話を思い返してみたが、特には何も思い浮かばなかった。とりあえず、この可愛い生き物が風呂から出てくる頃合に、何かしてやるべきか。
「何が良いかな……」
高カロリーでも困るし、かと言ってカフェイン系でも困る。体に優しくて簡単に作れるものが良い。
「うん。寒天にしよう」
千誠は思い立つとすぐさまキッチンへと向かう。牛乳を取り出しレンジで軽く温める。その間に寒天を溶かす為の湯を沸かし、蜂蜜を用意する。
蜂蜜は体に良いと言われるマヌカだ。少し癖があるものの、これは中々に良い味をしている。調味料の一つとして使うには少しばかり贅沢な品だが、千誠の中で、こういうシンプルなものに使う分には許されると思っていた。
ぬるい牛乳に蜂蜜を垂らして溶かす。ほんのりと淡く色付いたそれからは甘い香りが漂ってくる。
「このまま飲んでも美味しいんだよな……」
思わず声が漏れた。これにウィスキーを加えても良い。だが今日は駄目だ。
寒天を溶かした少量の熱湯を牛乳に加えていく。しっかりと撹拌し、ゼリーなどを作ったりする時に重宝しているステンレスの器に小分けして冷蔵庫へと入れる。
冷蔵庫にある急冷機能を活用すれば時短で寒天ゼリーの完成だ。寛茂が風呂に入っている時間は短いだろうが、何とか間に合うだろう。
さくっと仕込み終えた千誠は片付けをしながら寛茂を待つ。寒天を溶かす為に使っていた計量カップは、寒天が既に固まり始めていて洗いにくくなっていた。固まり始めるのが早いのは都合が良い。
滅多に経験しないが、固まらない時がある。それは大抵がpHの問題だったり、寒天の量を間違えるという初歩のミスだったり。そうなってしまうと調整が難しい。
今回は問題なさそうだと安心する。
沸かしておいた湯を固まった寒天にかけて溶かす。面倒だがこれが一番楽に洗えるのだ。寒天さえ溶けてしまえば!後の片付けは簡単である。
千誠は機嫌よく片付けを進めていた。
「栗原さん、片付け手伝いますよ!」
「おや、思ったより早かったな」
「えっ、そうですか??」
そわそわとして落ち着かない様子の寛茂がおかしい。千誠が寛茂の行動について何か勘が働いたのではないかと不安になっているのだろう。
「いや、今デザートを作っていたんだ。完成が間に合わないかもなと思って」
「デザート!!!」
やけに嬉しそうだ。もう少し焦らしてやるか。千誠の中の意地悪な部分が表面へと現れ始めるのだった。
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