第13話 千誠、一週間寛茂を招く

 ルームシェア、と聞いて頭に浮かんだのは手の掛かる他部署の営業の顔だった。


「あの子、凡ミスと不注意さえどうにかなれば成長するだろうに」


 千誠は思案顔で息を吐いた。先ほど聞いた話から察するに祥順と浩和のコンビは上手く生活できているらしい。ただし、浩和が祥順の面倒を見ている構図のようだが……。

 浩和は面倒見の良い人間なので、それくらいがちょうど良いのかもしれない。

 つい先日、大きな凡ミスをしでかしたばかりの寛茂を思う。寛茂の成長ペースが、会社の思っているペースに追いつけない。仕事の内容や範囲が上がっていく途中にある彼は、先輩に引っ張られ、半ばおぶられるようにして仕事をしている。


 このままではダメだ。そんな危機感を持ったのは千誠だけではないはずだ。だが、ほとんどの周囲はそんなところを含めて寛茂を可愛がっている。千誠からすれば、それほど両者にとって無意味な事はない。

 そんな中、祥順と浩和が寛茂を注意して見てくれている。彼らはありがたい存在だった。けれど、申し訳ないがそれだけでは。いつの間にか仲が非常に良くなった二人には本当に申し訳ないが、彼らのフォローでも追いつけない部分が増えてきてしまっていた。


 このままでは、寛茂がドミノ倒しの起点になってしまう。


 そもそも、部下でも何でもない人間を育てようとしているのが難しいのだ。たまたま浩和と仕事を組む事があったからと寛茂の面倒を見始めたのが始まりである。本来は彼の仕事ですらない。


 おおよそ半年前、千誠は二人に寛茂の面倒を見ると言ってしまった。確かに前よりはましになった。が、ましになっただけだ。未だにミスのない書類は一度も提出された事がない。

 時間外に少しずつ進めているせいだ。と、思う。効率よく指導していかないと厳しいのは分かっているが、根気よくじっくりとやらないと身にならない。千誠の思う教え子達とは雲泥の差である――というよりも、今までにないタイプの人間だ。

 もしかしたら、千誠が寛茂の特徴を捉え切れていないせいなのかもしれない。そう思えば思うほど、一緒にいる時間を多くとる必要性を強く感じてしまう。


 そんな時に聞こえてきたルームシェアの話題。思わず食いつかずにはいられなかった。少なからず好奇心もあったが。

 聞いてみると、浩和が祥順の生活をサポートしていると言うではないか。普段の二人がどんな日常生活を送っているのかは分からないが、浩和が祥順に対してよく差し入れをしている姿みたいな感じだろうか。


 戸惑ったものの、少なくとも普段の仕事ぶりを見る限りはまともな生活をしているだろう。そんな感想を抱く。

 仕事から生活を想像するなら、むしろ寛茂の方が心配だ。


 そう。彼の課外授業をより充足させるには、何が必要だろうか。やはり日常生活のフォローから……だろうか。あの二人、ルームシェアを始めてからは前よりも精力的に仕事をしてくれているように見える。公私ともに支え合い、向上心を持って過ごしているのだろう。

 そうだ。寛茂と短い間でも一緒に生活をしてみるのも手かもしれない。相手をよく知れば、よりよい指導方法も思いつくかもしれない。

 千誠は決心した。寛茂を家に呼ぼう。




 千誠は寛茂を呼び出した。彼はそわそわとしていて落ち着きがない。若いなあ、と思わずにはいられない。

「さあ、座ってください」

「はい」

 今までは近場のコーヒーショップやカフェといった場所で打ち合わせをするような感覚で指導をしていた。


 それがどうだ。


 その時は全く想像もしていなかった自分の家に、寛茂がやってきていた。

 一週間、一緒に生活をしてみようと持ちかけたのは、祥順の話を聞いた翌日であった。そしてその週末、日曜日から翌週の土曜日までという期間、課外授業なしのただ一緒に生活するだけという一週間を過ごす事に決まった。

 今日はその初日、午前中である。一週間、普通の生活をするという話をしていたせいか、割と少なめの荷物で寛茂は現れた。スーツが数着にワイシャツは三枚、そして私服が数種類といったところか。


 出張慣れしていることもあってか、必需品の類は忘れずに持って来る事ができているようである。千誠はざっくりとそんな彼の様子を見て頷いた。

「まずはあなたが過ごすこの家について説明します」

 そう言って、部屋を説明する。変形させるとベッドにもなるソファを置いている為、リビングが寛茂の寝室を兼ねる事になる。千誠はこの一週間で寛茂の見つけられていない一面をいくつも探す気でいた。


 リビングでずっと過ごさせるのは、ある種観察しやすいからである。そもそもそんなに部屋数の多い家ではない為、寛茂用の寝室というか客用の寝室は存在しない、というのもある。

 寛茂は特に何の疑問も持たなかったらしく、首振り人形のように頭を振っている。洗面所や風呂場、トイレの説明に加え、千誠は自分がどんな生活を普段送っているのか簡単に説明する。それと、この家のルールとか。


 ルールと言っても、ゴミ捨てはちゃんとやるといった基本的なものばかりだ。慣れるまで忘れる事もあるだろうが、そう難しくはあるまい。


「ところで質問は?」

「はいっ!」


 元気よく腕を振り上げた。


「ご飯の準備はどうするんですか? 交代制? じゃんけんっすか??」

「いえ、基本的に私が作ります。もしかしたら頼む事があるかもしれませんが」


 より良い生活には食事も含まれる。大切なところはしっかりと押さえたい。少しばかり残念そうな表情の寛茂を不思議に思ったが、そう簡単に任せる気はない。


「片付けは手伝って頂けるとありがたいですね」

「任せてください!」


 嬉しそうな返事に、千誠は役目を与えられて喜ぶ犬を想像した。何だか愛らしい気がする。


「ふふ」

「俺、親に鍛えられてるから意外に使えますよ」

「家事の手伝いですか?」

「はい! 一人っ子だったせいか、親がやたら手伝わせてくるんで家事一通りはできるようになったんですよ」


 普通は甘やかされるところなのでは、と寛茂に言いたくなったが今はやめておこう。この一週間は彼を知る為のものだ。


「どんな手伝いをしていたんですか?」

「えっと、片付け全般に、洗濯物を干したりたたんだり、部屋の掃除に、庭の水やりとか草むしりとか……」


 千誠の想像を越えて様々な家事をこなしていたようだったが、それを話す寛茂はとても楽しそうだった。

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