第8話 引越しと祥順のご飯
翌日。身支度を整えた祥順はレンタカーで浩和の家へと向かった。荷物がどんどんトラックの中へ吸い込まれていくのを見守り、新居へと運び込まれるのを確認する為である。引っ越し自体は午前中に終わってしまい、後は梱包した段ボール類の整理だけであった。
「……忘れるところだった」
と、安心したところで冷蔵庫の事を思い出す。浩和の家にあった冷蔵庫内のものは全て祥順の家の冷蔵庫に収まっている。
祥順の家の契約が切れるのはあと少しばかり先であるが、生活をするには冷蔵庫の中身が必要である。クーラーボックス一つや二つで入りきるか不安な量が入っていたのを思い出す。幸い祥順の家からそこまで遠くはない為、一人で二往復くらいしようと決める。
冷凍庫の中身はクーラーボックスに入るだけ詰め込み、多少常温に近付いても問題なさそうなものはビニール袋をはめ込んだ段ボールへと入れる。
これをあと一回やれば終わるだろうというところまで詰め込み、急いで新居へと戻った。一度目の輸送で自信を持った祥順は、保冷剤を段ボール組の方へ移動する事で冷蔵効果を持たせるといった工夫を思いつく。
そうして効率の良い方法で二回ほど往復すれば、あっという間に冷蔵庫内の引っ越しも終わった。最後の詰め込みの際に自分の家を振り返り、忘れ物がないかもチェックしたし、完璧だろう。
一息付こうと新居でコーヒーを楽しむ。ふと、端末を見るとメールが入っていた。開けば笑顔で商品の前に並ぶ浩和と寛茂の画像が添付されていた。
順調そうで良かった、こちらも順調だ、と返事をする。段ボールが積み上がった新居の写真を送るのも変だから、とりあえず本文だけである。
昼ご飯はどうしようか。この後、段ボールをある程度整理したら何か食べた方が良い。そう祥順は思ったが何を食べようか悩んでしまった。
特に食べたいものはないし、かといって浩和がいないとちゃんとした料理は作れないし。結局なんだかんだ言って浩和がメインで料理をしてしまうのがいけない。手伝いしかしていなければ、いつまで経っても手伝いのままだと思う。
祥順が自信を持って作れるのは、目玉焼きと野菜炒めくらいで、後は……頑張ればムニエルとかができる気がするくらいである。もちろん、前者は一人で作った事があるが、後者はない。
悩んでいた時、一つ良いものを思い出した。両親から夏になると毎年のように送られてくるひやむぎの存在である。確か今年も送られてきていたはず。
食材系を詰め込んだ段ボールをいくつか漁り、ようやくひやむぎを探し出した。作れるか分からないが、だし巻き卵みたいなものを作って、ひやむぎに添えれば簡単なお昼くらいにはなるだろう。
だし巻き卵は溶き卵へ適当に白出汁を加えて適当な形にして焼けばできるはず。祥順は浩和の段ボールの中から、四角いフライパンを探し出した。これを使えば多分四角い卵焼きができるはず。多分。。。
少々不安を感じながらも祥順は昼ご飯を作り始めるのだった。
何とかだし巻き卵っぽい四角そうな塊と、普通に茹でられたひやむぎ、そしてひやむぎ用のつけ汁を用意した。つけ汁はできあいのだしに水を加えるだけだから簡単であった。
小さく「いただきます」と唱えてからだし巻き卵を食べる。丸みを帯びた四角い卵焼きは、何となくだし巻き卵っぽい雰囲気を出しているが、白出汁の量が少なかったのか、ほんのりと出汁の香りがするだけで味は淡泊だった。
味が濃くなってしまうのが不安で少量しか入れなかったのが仇になったようである。もう少し入れれば良かったなと反省する。ひやむぎの方は、当然ながら普通にひやむぎであった。祥順はほっとした。
淡泊なだし巻き卵をつけ汁で食べてみる。これはこれで二種類の出汁の風味が絡まって変な感じである。祥順は諦めてだし巻き卵に醤油をかけた。
そうだ、ポトフなら作り置きができる。
そう祥順が思い立ったのは、部屋の荷物を整理している真っ最中であった。洋服を備え付けのクローゼットへと収納し、細々としたものを事前に浩和から使って良いと許可をもらっていたカラーボックスに並べていた。
夜に帰ってくると言っていたから、もしかしたら夕食はここで取るかもしれない。少なくとも祥順が食べるものは必要であるし、せっかく今日が同居生活の一日目になるはずだったのだから、一緒にご飯を食べるくらいはしたいという欲もある。
だが、それには祥順の方に技術がない。
片付けをしながら散々悩み、ようやく思いついたのがポトフであった。正確に言うならば、ポトフ風の野菜スープなら作れそうである。
ベーコンはないが、ウインナーならある。野菜類はちゃんと揃っているし、コンソメの素もある。切って炒めて煮込むだけなら、祥順にだって一人でできるはずである。
早速祥順は準備を始めた。浩和のように手際よく作業が進むとは思えなかったからである。
人参、玉葱、キャベツ、ジャガイモをそれぞれ適当な大きさに切る。キャベツはざく切り、人参は乱切り――細いものだった為、普段とは違う切り方になってしまった――で玉葱とジャガイモはおおよそ四等分。ジャガイモを切るのは苦戦した。芽をくり抜くのが難しかった。
何でこんなにでこぼこしているんだとどうしようもない事に文句を言いながら何とか切り終わった。もちろん水に浸けながらやったから変色はない。
油をしいてそれらに火を通していく。炒める順番があったような気がする。確かジャガイモが最後で、最初は火の通りにくい人参だったと思う。祥順は朧気になっている記憶を探りながら炒めていった。
最後にウインナーを加える。程良く……がいまいち分からないが何となく良さそうな感じになったのを確認した祥順は、そこに水を計って加える。
ぽとんとコンソメの素を入れて溶けるまでかき混ぜる。一応スープの濃さを味見して確認した。
「……何となく薄いかな」
小さく呟いた祥順は、炒める時に塩胡椒をしてなかった事を思い出す。今更塩胡椒を振りかけても問題ないのだろうか。少しだけ悩んで、結局塩と胡椒を加えた。
しっかりとかき混ぜてから蓋をする。とりあえず、少し煮込んで様子を見よう。タイマーをセットして料理道具の片付けを始めた。
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