第13話 好きな物の多い浩和

 二人は日本酒をちびちびと飲みながら、今年最後の映画鑑賞を始めていた。浩和は少し前に作ったはずのたたき牛蒡をアレンジしたつまみを運んできていた。祥順は、元がたたき牛蒡だったとはつゆ知らず、そのまま口に入れている。

 他にも、薫製サーモンを使ったカルパッチョや冷凍保存してあったキノコ類のオリーブオイル炒めが並んでいた。


「うわ、これおいしい」


 今観ているのは、インデペンデンス・デイだ。ホワイトハウスが破壊される映画二本を借りる時、一緒に借りた物の一つである。二人とも何度も観た事のある映画であるせいか、テレビ番組を観ているかのような感覚で会話をしていた。

「どれ食べたの」

「このゴボウ」

 ゴボウ料理は一つだけではなかった。きんぴら風にごま油で炒めたものと、マヨネーズ和えにしたものの二種類であった。その内の、マヨネーズ和えにした方を指さしている。

 浩和は祥順がおいしそうにゴボウを頬張るのを、楽しそうに見つめるのだった。


 インデペンデンス・デイ最大の盛り上がりである自身を犠牲にして世界を守るケイスのシーンが終わり、二人は息を吐いた。

「このケイス、小説版と映画版ではちょっと展開が違うんだよね」

「え?」

 浩和の言葉に祥順が顔を向けた。彼はしたり顔で話を続ける。


「小説版の飲んだくれケイスは十年前にアダプションに遭ったと主張していてその詳細が描かれている。そのせいで彼は精神を病み、人生を転落していくんだ。

 そして、反撃作戦には積極的に参加したのでなく“こっそり”紛れ込んで、宇宙船の主砲に特攻したんだよ。

 小説版におけるケイスは、家族への愛ではなく、ただ『アダプションに遭い、人生を狂わせた宇宙人』への復讐として描かれている」


「家族愛が行動原理だったわけじゃないんですね」

「そう。面白いだろう?

 まあ、小説版がプロットの役割を果たしていたのなら、復讐心だけで動くよりも愛情で動く方が良いと考えたのかもしれない。

 それに、ジェット戦闘機の方がスピード感も出るから見栄えも良いし、シナリオ的にも辻褄をあわせやすいし、何よりも“自然に見える”からね」


 滑舌よく、祥順の知らなかった事が浩和の口から出てくる。


「小説版にある、自分の農薬散布用の軽飛行機に爆弾括り付けて特攻、って……悪いけど、あり得ないシチュエーションだよ。

 それでも実際、エンディング用に軽飛行機に乗った彼のシーンがあるんだ。

 没になったのは当然だね。ただのプロペラ機がジェットと宇宙船の交戦まっただ中を、うまくすり抜けていけるとは考えられないし……」


 まだ話は続くらしい。どうやら浩和は映画ファンのようだった。祥順はまた、浩和の新しい一面を見た気がした。




「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

 浩和が頭を下げた。祥順も反射的に頭を下げた。昔ながらの日本人といった挨拶だ。時計の針は短針も長針も、一二を指している。つまり、一月一日──元旦──である。

「去年はカジくんと仲良くなれたし、今年はもっと充実しそうだ」

「俺の方は迷惑ばっかりかけないようにしたいところです」

 浩和がほうじ茶を入れ、それを二人ですする。


「いや、いろんな姿が見れてお得だと思ってたくらいだよ。

 一緒にいて楽しいしね」

 さわやかな笑みと一緒に甘やかす言葉が流れてくる。祥順は肩を落とし、ゆるゆると首を横に振った。

「そうやって俺を甘やかさないでください。

 あなたを見習っていい男になろうとしてるのに、全然近づけないじゃないですか」

「ははっ

 いいよ、甘えて。頼られるの好きだし」

「もー!」

 浩和は楽しそうに笑い、その横で祥順が眉を下げながら笑っていた。


 笑いが収まり、ほう、と息を吐いた彼らは、示し合わせたかのように立ち上がる。

「……寝ますか」

「そうですね、寝ましょう」

 そうして二人は穏やかな気持ちで新年を迎えたのだった。




 祥順がまどろんでいると、明るい浩和の声が耳元をくすぐった。

「おはよう、そろそろ起きよう」

「ん……」

 浩和は、覚醒しきれずにもぞもぞと動いている祥順の掛け布団をはぎ取った。重そうな、ばさりという音とともに祥順の身体が跳ねる。

「完成したおせち、早く食べてみたいと思わない?」

「うぅ」

 まぶしそうに目を細め、祥順は浩和を見上げた。浩和は笑っている。


「折角だから、お屠蘇も用意するよ。

 だから起きて?」


 今度は甘ったるい香りまでしてくる。ここ数日はつけていなかった香水をつけているらしい。今日はラベンダーだろうか。乳香のような香りもする。

「ぁい……すみません」

「よし。じゃあ、俺は準備してるから、顔洗っておいで」

 浩和が部屋を出ると、祥順は慌てて着替え始めたのだった。


 身支度を整えれば、テーブルにはお重が並べられていた。そしてお雑煮が完成している。餅まで入っていた。

 どれだけ浩和任せにしているのかと祥順は頭を抱えそうになったが、楽しそうな雰囲気を隠しもしない彼を見て思い直す。そうだ、昨日は甘えて良いって言ってくれたんだった。

 今まで祥順を甘えさせてくれる人間などいなかった。彼は貴重な人間だ。

 愛想を切らされないように気をつけねば、と甘やかしてくれる事に感謝しつつ席に座る。


「ちょうど良いタイミングだね。

 じゃ……これはお屠蘇」

「はい、ありがとうございます」


 徳利が傾けられる。とくとく、とうまそうな音を立てながらお屠蘇は猪口へと移動していった。

「あけまして、はもう言ったから……。

 今年一年が良い年となりますように」

 浩和はそう言いながら猪口を上げる。祥順もそれに倣って猪口を上げた。二人は軽く猪口を傾けて乾杯をし、くいっと飲み干した。


「これ、おいしいんですけど何ですか?」

「ああ……たまたま店舗で見かけたんだ。

 獺祭って言うんだけど」

「へぇ」


 祥順は空になった浩和の猪口へ、日本酒を注ぐ。祥順の持っている徳利をするっと奪い、祥順の猪口へと注ぎ返した。

「すごく削るんだ」

「削る?」

「そう、機械でお米を限界ぎりぎりまで削るんだよ」

 どうやら浩和は、日本酒ファンでもあるらしい。話は長くなりそうだった。

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