第11話 おせち作り戦争十二月三十一日午後 ――そば粉の変――
昼食を終えてコーヒーブレイクをしながら、年越しそばの話で盛り上がる。
そば粉に水を加えながらこねていって、平らで四角っぽくなるように麺棒で広げていく。もちろん打ち粉をするのを忘れてはいけない。
水と粉を混ぜて練るだけで麺ができるのだから、不思議なものである。二人はどっちが麺を打つかで少しだけ揉め、結局自分の分は自分で打つ事になった。
だが、その前におせちを完成させてしまおうという話になった。重箱に詰めていくだけの作業であるし、そばを打つにはまだ早い。浩和のオリエンテーションを思い出しながら、祥順は重箱に詰める料理を冷蔵庫から取り出していく。
一の重は祝い肴と口取りである。塩抜きをしておいた数の子や昨日作った黒豆を詰め込んでいく。しきられた部分ひとつひとつに料理を入れていくだけなのだが、意外に難しい。
理由は簡単である。しきりと料理の大きさが全て丁度良いとは限らないからである。そこまで計算した上で調理すれば良かったのだが、初めて作る彼らには、とにかく全ての料理を終える事の方が重要であった。
つまり、詰めやすいかどうかまで、気が回らなかったのである。
「あー……栗きんとん、栗を丸ごとにしたから一つしか入らないな」
「ふふ、とりあえず一つでも入れば良しとして、残りは普通に食べるしかないですね」
やってしまった、と天を仰いで溜息を吐く浩和を身近に感じる。彼には悪いが、祥順にとって「いつも何でもできるすごい男」の浩和がこうしてミスをすると親近感が湧くし、少しだけほっとするのである。
誰しも完璧で神のように失敗が全くないという人間は苦手なものだろう。だが、そのような風に彼を見れば見るほど自分の矮小さが際立つし、浩和に対してそういう事を感じたり考えてしまう自分の事の方が嫌だった。
浩和だって普通の人間なのだ。何でもできるはずだと決めつけるのは、過度の期待だ。常に普通以上を求められるのはとても大変な事だし、何もかも彼に頼り続けるのは、ただただ迷惑なだけだろう。
祥順のそんな思いなど微塵も感じていないのだろう浩和は、彼のフォローに微笑んだのだった。
浩和とああでもない、こうでもない、と言い合いながらなんとか一つ目の重を完成させる。納得のいくまで二人で考えたからか、なかなか見栄えの良いものになった。
二の重は楽だった。酢の物などは柔らかいし、ローストビーフもスライスしてから入れれば見た目も華やかで収まりも良い。そして先ほど完成した松風焼きは丁度良い大きさに切る事が可能だ。一つとしてはみ出る事なくきちんと収まった。
三の重は、もう何も言う事はない。煮物をざっくりと詰め込むだけだ。と、祥順は思っていた。
そんな中、突然浩和が詰め方がなっていないと言い出し、祥順は驚いた。一体どういう事かというと、サラダの盛りつけと同じという事だ。
おいしく見える盛りつけ方がある。煮物はそのまま入るだけ詰め込んでしまうと見栄えが良くないのだという。浩和と一瞬険悪な雰囲気になった祥順であったが、浩和の説明で気を鎮める事となる。
浩和が煮物をうまく詰めながら詳しく説明していくと、とても分かりやすく、先ほどむっとした自分が恥ずかしくなってくるほどだったからである。
綺麗に詰められた重を重ね、蓋をして紐で固定する。二人はそれを見つめながら満足げに頷いた。
そばは完成しており、後は茹でて食べるだけである。初めて打ったそばにしてはなかなか上出来なのではないだろうか。だが、二人の周囲は大惨事だった。
それから、険悪になりかけた――といっても祥順から一方的にだが――結果、二人の周囲はいつの間にか粉だらけになっていたのである。
祥順は笑い転げそうな浩和とそば粉だらけになりながら、事の発端を振り返った。
祥順と浩和は一人前をそれぞれ作る事に決め、そばを打っていた。こね終わった方がカウンターへと移動し、そこで延ばして切る。その間にシンクの隣にあるスペースでもう一人がそばの種を作り始める。
そんな風に始まったそば作りであるが、完成寸前といったところでの出来事だった。
「滝川さん、それ少し細くないですか?」
「え?」
発端は祥順の一言だった。浩和は首を傾げて自分が切っているそばを見つめる。よくよく見れば、確かに普通のそばよりもほんの少しだけ細いかもしれない。実物があればそれだけで終わったのだが、実物はなかった。
比較するのは祥順が切ったそばとなる。
「……いや、カジくんのそばが太いだけじゃない?」
「え?」
「それに、ほら。君のそばは太さがちょっとまちまちだ」
「……」
祥順は自分の切ったそばを見つめた。確かに太さが一定ではない。だからといって、自分の切ったそばが売り物として売られている一般的なそばよりも太いという話にはならない。
「俺のは平均したら一般的なそばの太さになるんです」
「いや、そりゃないだろ」
言い返した祥順の言葉に浩和がふっと鼻で笑う。大抵は浩和の言っている事が正しい。だからこそ、なのかもしれない。祥順は眉に皺を寄せた。
「いつもあなたが正しいとは限らないじゃないか。
俺が今回は正しいかもしれないのに、どうしてそんな風に笑うんだ」
「かわいいと思って、つい。
ごめんごめん」
「俺はかわいくない!」
どんっと祥順がカウンターを叩いた。打ち粉がぶわっと舞い、浩和の鼻を刺激した。
「はっぐしゅっ」
「っ!!」
浩和のくしゃみによる息で今度は反対方向に打ち粉が飛び散る。打ち粉が舞う事態に驚いた祥順は怒りを忘れて息を吸い込んだ。
「っごは、ごほっ!!」
「へぶっしゅ」
鼻と喉をそれぞれやられた二人は暫く発作のようにくしゃみと咳をし続けた。
落ち着いた頃には二人とも粉だらけになっていた、というわけである。
「はは、ひど……っ」
「……」
くしゃみが一段落した浩和は、自分を見、そして祥順を見、この惨状に笑い出した。祥順の方は何が起きていたのか、それをじっくり思い出そうとしていた。
そうして、回想を終えた祥順は、目の前でそば粉をもう一度吸い込みそうになりながら腹をよじって笑っている浩和を見て笑い出したのだった。
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