第10話 おせち作り戦争十二月三十一日午前後半 ――みじん切りだけ得意な男、善戦中――

 フードミキサーを浩和が洗い始めると、祥順は栗きんとんの準備を始めた。鳴門金時を切って水にひたさないといけないからだ。変色しないように何度か水を変える必要がある、時間のかかる作業である。

 鳴門金時を適当に切って早速水にひたす。どうせマッシュにしてしまうから、形はだいたい同じ大きさであれば良い。やや乱雑な動作で祥順はこなしていく。浩和は速度重視か、と口元を緩めた。


 変色を極端に恐れての行動だと読んでいたからである。失敗したくないという気持ちが現れていた。鍋に水を入れようとしている祥順に、浩和はすっと横に移動する。用意してあったクチナシを入れて金時を茹でる為の湯を用意していた。

 少し気が早いのではんないかと浩和は思ったものの、鍋に火を入れていないなら関係ないだろうと解釈する。


 よほどサツマイモの変色が恐ろしいのか、水を交換したさそうに浩和を見つめていた。再び場所を譲ってやれば、ほっとしたように水を交換するのだった。

 何回か水を交換したところで、浩和は松風焼きに取りかかろうと声をかける。その言葉掛けに頷いた祥順は積極的に動いていく。


 祥順は松風焼きに使う具材を切り始めた。松風焼きは具材が全てみじん切りなので、みじん切りさえマスターしていれば簡単な料理である。

 みじん切りした野菜と鶏もも肉の挽き肉をこね、四角くまとめてオーブンで焼くだけだ。これならば祥順が自分でもできると引き受け、意気揚々と包丁を握っていた。

 そのまま浩和は雑用をし、祥順が中心になって調理を進めていく事となった。




 祥順の代わりにサツマイモの水の入れ替えは浩和が引き受ける。

 浩和が洗い物をしながらちらりと視線を向ければ、思った以上にきれいにみじん切りをしている祥順の姿がある。みじん切りだけ得意なのか、今までとは比べものにならないくらいに手早い。

 後でみじん切りが得意な理由を聞いてみようと頭の中にメモをしつつ、洗い物へと意識を戻した。途中、サツマイモを茹で始める事も忘れない。


 材料を無事に切り終えた祥順はガラスボウルに材料を入れて練り始める。具材がしっかりと混ざるまで練っている内に、洗い物を終えた浩和が四角い耐熱容器を持ってきてクッキングシートを敷いていた。

 綺麗に敷かれたクッキングシートの入った耐熱容器に練りあがったものを敷き詰めていく。押さえ込むようにしてぎゅっと詰めてから平らにする。

 綺麗にならされたその土地へ浩和が白ごまをふりかければ、祥順がそのゴマを押さえつけていく。


 あとはオーブンで焼くだけである。手際よく終わり、少しだけ暇になる。この隙にと浩和はサツマイモの茹で加減を確認し、かまぼこを切り始めた。

 サツマイモはクチナシの色が移り、鮮やかな黄色に変わっているがまだ少し固かった。祥順はサツマイモをつぶす為、汚れたガラスボウルを洗っている。

「栗の甘露煮は丸ごとで良いよね」

「豪華で良いですね!」

 浩和が声をかけると嬉しそうな返事が帰ってくる。軽く頷いた浩和は甘露煮の蓋を開けてすぐに使えるように準備し、再びサツマイモの茹で加減を確認した。


 用意されたガラスボウルに茹で上がったサツマイモを入れると、祥順がマッシャーで潰し始める。大まかに潰れたところでシリコンヘラへと交換し、練るような感覚でボウルに押しつけながらなめらかにしていく。

 なめらかになった鳴門金時に甘露煮の汁を少しずつ足していった。

 甘さを甘露煮の汁で調整してから栗を加えて軽くかき混ぜれば完成だ。完成した栗きんとんは、一端タッパーへと移し替えた。

 ここまでくれば、おせちはほぼ完成である。後は重箱に敷き詰め、明日の朝に食べる雑煮の用意をするだけだ。終わりが見えてきた。


 幸いな事に、昼ごはんまでには時間に余裕がある。二人は重箱へ敷き詰めるのはお昼を食べてからにする事に決め、まずは雑煮の用意を済ませてしまう事にした。

 雑煮の汁を祥順が担当し、浩和が具材を切っていく。浩和はニンジンを桜の形に飾り切りをし、華やかな雰囲気のある具を作っていった。祥順は鰹節でだしを取り、それにつゆの素を加えていく。

 煮立てた汁に大根やニンジン、葉のもの等を加えて柔らかくするために火をつけた。


 祥順が鍋の雑煮を覗き込んでいる中、浩和はせっせと動き出した。昼食づくりである。とはいえ、凝った料理を作るつもりではない。鶏肉を焼くだけである。というのも、明日からおせちやお餅ばかりの食事になる為、洋風料理の食べおさめとしようと考えていたのだ。

 鶏もも肉にハーブをまぶし、塩レモンで焼くだけという簡単なものである。皮に焦げ目をつけてから、蒸し焼き風にするのが浩和の好みであった。塩レモンのお陰でぷりっぷりの肉になり、塩に漬けられて青っぽさは抜けたものの、レモンの爽やかな香りがハーブの香りと相まってさっぱりとした味わいになる。レモンは酸っぱさを影にひそめ、何とも言えないコクを出してくれるのである。


 既に柔らかくなっているはずの雑煮の火を止めるように指示した浩和は、オリーブオイルを軽く敷いたフライパンに鶏肉を横たえる。ぱちぱちと、皮の焼ける音がし始めてから蓋を閉じた。祥順は添え物が必要だと考えたのか、1つだけ残っていたトマトを冷蔵庫から取り出した。

 トマトを切り始めた祥順の隣で小さくなっているレタスを洗った。使い切らないともったいない事になる。そういえば、と浩和は使いかけになっていた玉ねぎの存在を思い出した。

 トマトを切り終えた祥順と場所を交代し、玉ねぎをスライスする。祥順はレタスをちぎって冷水をかけていた。


「大きめの浅いボウル皿があるから持ってきてくれる?」

「食器棚のどこら辺ですか」

「ああ、ごめん。確か右上のあたりのはずだよ」


 祥順は食器棚の中から浩和の目当てを見つけ出す。ボウル皿がどうして必要なのか、祥順はまだピンと来ていないようで皿を不思議そうに眺めていた。

「チキンサラダにするんだよ」

「なるほど!」

 祥順は黙々とレタスを皿によそっていく。浩和は以前見たあの盛り付け作品を思い出した。あれはすごかった。そうならなければ良いなと思いながらスライスした玉ねぎを氷水にさらす。

 ついでに焦げ目がついた鶏肉をひっくり返して弱火にした。

 レタスは平らに盛られていた。浩和は、ちゃんと意図は通じていたようだとほっと息を漏らしたのだった。

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