第6話 浩和のおせち講座
「おせちにはルールがある。形骸化してしまった現在、このルールを守っている家は少なくなってきているとは思うけどね」
浩和はそう言って重箱をテーブルの上に置いた。
「おせち料理は節句料理が起源になっていて、それが振る舞い料理になった。
それを詰めるのは重箱であり、めでたさを重ねる意味合いがある。
そしてそのお重は基本的に五段重だと言われている。三段重でもいいらしいから、今回は三段にしよう。
では一段目は……」
そう言ってお重の蓋を開ける。そこには一枚の紙が入っており、メモが書かれていた。
「一の重、祝い肴と口取り……ですか」
「そう。数の子や田作りとかの事だね」
浩和はパソコンの画面を見せる。スライドが表示されており、お重のメモと同じ文字が書かれている。完全にオリエンテーションだ。
いつこんなものを用意する時間があったのかと祥順は唖然とする一方で、こんなスライドを作るくらいに楽しみにしてくれていたのだと照れくさい気持ちで胸がいっぱいになった。
とは言え、折角作ってくれたスライドに集中しないのは悪い。祥順は気を取り直した。
「見た目を重視して、一の重には九種類を詰めようと思う。
しきりは用意してあるから、心配しないで良いよ。
数の子、黒豆、田作り、かまぼこ、伊達巻き、栗きんとん、昆布巻き、松風焼き、たたき牛蒡を用意する」
浩和の作ったスライドは次々とおせち料理を映し出しながら進んでいく。それぞれの品物に説明が添えられている。
す、と一の重が開けられて二の重が現れる。中には一の重と同じようにメモが入っていた。
「二の重は酢の物と縁起が良い海の幸の焼き物。
――ここの料理は簡単に作れそうですね」
メモを手に取って読み上げた祥順はほっとしたように言う。
「鯛やうなぎ、海老、鮭、さわら、ぶり、ホタテあたりが有名かな。
鯛の姿焼きとかはさすがに厳しいけど、鯛、うなぎ、海老は入れるだけで豪華になるよ」
スライドには、一人暮らしの男性が普段の日常生活で調理する事の少ない食材が並んでいる。祥順の偏見かもしれないが、少なくとも自分は調理した記憶が無い。
祥順は浩和は調理した事があるのだろうか、と意識を向けたが彼の自信ありげな様子に考えるだけ無意味だと悟る。
これほど詳しいのだ。それこそ愚問というものだろう。スライドで海の幸が様々な形で調理されたものが通り過ぎていく。その中で唯一海にはいない生物の料理が乗っていた。
「ローストビーフ?」
「これは俺の趣味。最近のおせちには入ってたりするし、悪くはないだろう。
魚介ばかりでは飽きるかと思って混ぜてみたんだ」
浩和の案はとても良いアイディアだった。品数が多いとは言え、ずっと食べていたら飽きるだろう。酢の物があっても日本の味付けであるには変わりない。
舌をリセットする意味でも必要な料理である気がしてくる。
「三の重は煮物ですか」
「山の幸を中心にした煮物だってさ。これも全部縁起物を中心に用意するわけだ」
煮しめの他に筑前煮といった煮物がスライドに映る。素材についての由来などの分かりやすい解説が載っていた。
「変わり種かもしれないけれど、巾着を入れても良いかな。縁起物でもあるし。
カジくんも何か入れてみたいものがあったら教えてほしい」
そう言って最後のスライドに変わる。そこには今日の買い物リストとも言えるであろう材料リストが載っていたのだった。
プリントアウトした買い物リストを片手に買い出しを終えた二人は、重量感のある袋をどさりと床に置いた。事前に浩和が用意していた冷凍食材を除いても、かさばる食材やこんにゃくのような重たいものが多く、男二人とは言え、持ち帰るのも一苦労だった。
「明日から作れば間に合うと思うから、一段落したら何の映画見るか決めてしまおうか」
「そうですね」
買い出しついでに買っておいたパスタソースを使う事にし、麺をゆでている間に簡単なサラダを用意するだけ、という手抜きの昼食を済ます。
片付けを祥順に任せた浩和は、おせちの材料を大まかに分け、整理していった。
「明日作るものと明後日作るもので分けてあるので気をつけてくださいね」
「分かりました」
冷蔵保存の物が多く、冷蔵庫が材料で埋め尽くされる。夕食はどっかに食べにいこう、と浩和が笑いながら冷蔵庫を見せれば、祥順も笑い出す。
「DVDを借りるついでに年越しそば用の粉類を買っておきたいね」
「おせちの材料で頭がいっぱいいっぱいでした。えっと、何が必要でしたっけ……」
浩和と祥順は連れ立ってマンションを後にした。
レンタルショップで借りたのは、アクション映画を中心にした十作品であった。全部見れなくても良いから、取り敢えず意見の合ったものを全部借りてみただけである。
どのような映画をよく見るのかというありきたりな会話で分かった事は、やはりアクション物が好きだという事であった。そこで最近見はぐった映画で気になるものを口にしたところ、ある意味では同じ映画だったのである。
ある意味、とはほぼ同じ時期に公開された似ている内容の映画を片方しか観ていないという事であり、更には互いに違う方を観にいっていたという話であった。
面白い偶然である。因みにどのような映画かというと、ホワイトハウスを舞台にテロリストと戦うといったものであった。
この映画は制作開始時期もほぼ同じ、公開する期間は数ヶ月ほどのズレ、大まかなあらすじも似ているという、公開当初話題になった作品である。
浩和も祥順も、両方観ようと思っていたもののスケジュールが合わず、片方を見逃してしまったのだった。
互いにネタバレしてはいけないと同盟を結び、両方借りる事にしたのである。
ホワイトハウスが破壊されるのが目玉になっているこの映画から、他にもホワイトハウスが破壊されるものを観ようという話になり、連想ゲームのように十作品を借りたのだった。
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