第5話 できる男のお家拝見

 浩和の家は、祥順が想像しているよりも少しだけ広かった。2LDKだというその家は、元カノと二人暮らしを想定して借りたせいか、一人暮らしをするには少し広すぎるのではないかという感想を祥順に持たせた。

 家賃もほぼ折半にしていたと聞き、その金額を聞いて驚いた。


「ええっ、その金額は結構な負担だと思いますけど引っ越さないんですか?」

「引っ越しは検討してるんだけど、自分の住む家はじっくり選びたくて。

 一応1LDKを考えてるよ」

 そういう浩和は笑いながら食材を広げた。ダイニングルームを一望できるカウンタータイプのシステムキッチンといい、その日の気分によって取り換えているだろう組み立て式のテーブル一式といい、効率の良さや暮らしやすさを考慮した家だ。


 仕事のしやすさと生活に必要なものが備わっているかだけを考慮して選んだ祥順の家とは全くの別次元である。

 このような室内を見せられれば、家選びを慎重に行いたいという気持ちも分かる気がした。

 料理を作っている内に、荷物を整理していたらどうかという提案に乗り、祥順はゲストルーム扱いになっている元カノの部屋へと移動した。


 キャリーバッグを開け、必要なものとかを取り出しておく。また、スーツを脱いで普段着へと着替えた。そうしている内に、開け放ったドアの方から良い香りがしてくる。

 そろそろ完成か。そう思った祥順はダイニングルームへと戻った。


 一応浩和に確認し、テーブルの上を拭いておく。

「わ、すごくおいしそうです。よくこんな手の込んだ料理を簡単に作れますね」

「大丈夫、すぐ作れるようになるよ」

 そう言って浩和はテーブルへ料理を並べていった。今日はイタリアンらしい。トマトとキュウリを使った和え物のようなアンティパスト、鶏肉のソテーのトマトソース添えにイタリアンリゾット。

 イタリアンリゾットはマッシュルームを使ったもののようだ。


 オリーブオイルやトマトの香りが付近に漂っている。いただきますと唱えてからアンティパストへと手を伸ばす。

 ニンニク、チーズ、バジルの香りが食欲を誘う。トマトとキュウリを和えるのに使ったものは、なんと豆腐であるようだ。

 豆腐は崩され、どこかクリームチーズを思わせる食感になっている。


 鶏肉のソテーは白ワインで一瞬蒸したのか、ふっくらと柔らかい。祥順はそんな事を考えながら、すばらしい食事を味わった。

 以前ならば、そのような事は考えもしなかっただろう。しかし、実際に目の前で料理をこなしてしまう同僚の姿を見れば、認識は変わる。

 祥順にとって「どうせできない」を「やればできる」と思わせてくれる浩和は、大切なお手本でもあった。




「今日も助かりました」

「いや、むしろ勤めていて一度も手伝った事がなくて、今更ながら申し訳ない気持ちにさせられたよ」

 浩和は夕方の事を思い出す。

 正月飾りを手伝ったのだ。神棚の注連縄を交換したり、輪締めや鏡餅などを飾っていく。それも、細かいのだ。


 ドアというドアに輪締めを飾り、水回りには鏡餅を置く。もちろんトイレも例外ではない。実家でもここまではやらないのではないか、と思うほどの徹底ぶりである。

 飾りをつけて回るだけで重労働ではないが、ビル全域となれば結構な作業になる。浩和は祥順を手伝いながらそれを実感させられたのだった。


 正月飾りを買いに行った時の話などで盛り上がりながら、夕食は胃の中へとおさまっていく。タイミングを見計らって簡単なつまみを作った。

 カウンター式になっているキッチンは、会話をしながら料理ができる。クラッカーにキュウリ、スモークサーモン、マスカルポーネチーズを乗せたカナッペを作り始めた。

 他にも生ハム、モッツァレラチーズ、ミニトマトのカナッペ、ゴルゴンゾーラチーズに蜂蜜をかけたカナッペを用意する。


 ついでに、と浩和は薄切りにしたフランスパンを焼いてガーリックバターを塗ってブルスケッタのベースを作る。

 ミニトマトとモッツァレラチーズ。オリーブとアンチョビ、刻んだトマトをオリーブオイルで和えたもの。刻みベーコンとマスカルポーネチーズを乗せ、エスプレッソソースをかけたものの三種類をトッピングにした。


「すごい、あっという間におつまみが」

「ほとんど乗せるだけだからね。

 ああ、もちろん追加で作れるからリクエストがあれば言って」


 出来上がっていくつまみを祥順は瞳を輝かせながら見つめていた。リクエストは思い浮かばないらしい。首を横に振ると、ワイングラスを傾けた。

 完成したつまみをテーブルに乗せ、邪魔な皿をシンクへと運ぶ。浩和を待つ祥順はどこかそわそわとしていて浮ついた雰囲気である。

 よほど楽しみなのだろう。先に手を付けても構わないと浩和は思っているが、彼はそう考えていないらしい。

 行儀のよい友人を優しい気持ちで眺めると、すぐに席へと戻る。


「どうぞ」

「いただきます」

 一本目のワインよりもフルーティな白ワインを開け、先ほど用意したカナッペをつまむ。仕事納めに相応しいひとときだった。


 食事に満足した二人は揃って後片付けをしながらこれからの予定を打ち合わせする。年末年始を迎えるにあたって必要な事を一つずつピックアップしていったのだ。

 まず、年越しそばづくりに挑戦するとの話をしていたため、買い出しは必須である。材料の買い出しについて話をしている内に、おせちも作ってみようという話になった。


 年末年始をゆっくり過ごすのであれば、映画館で観れなかったものを観るというのも良さそうだ。

 観たかったけど見逃した映画や、純粋に好きな映画を互いに上げ、その中で互いに興味の沸いた作品を何作か選ぼうという事になった。

 そこまで話が進んだところで後片付けが終わる。


 交互にシャワーを浴びてさっぱりしたところでウイスキーをちびちびと口にしながら映画の話で盛り上がる。酔いが回ってきているせいか、映画は絞れずにお開きとなった。

 まだ日数はある。体を休めて、それから考えようという事になったのだった。


 翌朝、漬けておいたという漬け物を添えた和の朝食を食べながら、二人は買い物について話し合っていた。今日の買い物はおせちとそばの材料である。

 それ以外のものに関しては明日買おうという事になった。

「朝ご飯に焼き鮭を食べるなんて、旅行の時とかしかないです」

 そんな風に感激した様子で味噌汁をすする祥順の姿は、浩和を思いの外和ませる。浩和はニコニコとしながらその様子を見つめていた。


「お味噌汁もおいしいです。

 そうだ。俺、和食教えて欲しいです」

「じゃあ年越ししたら練習しよう。和食で作ってみたいのはある?」

 浩和の問いかけに祥順はいくつか料理を挙げると、彼はその中から簡単な二種類を選んで明日の買い物リストに加えるのだった。

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