第8話 宴のはじまり

 御所での宴は、全てにおいて華やかだが成人の儀は別物だという。華やかさは変わらないがそれ以上に見られている感覚が常につきまとうらしい。兄上の時は舞いを披露する段になると、それまで談笑していた上の人間から給仕をする者までが動きを止めて見ていたらしい。兄上の友はそんな場に慣れてないうえに前日の雨で滑りやすくなっていた舞台で派手に転び、しばらく起き上がれなかったと聞く。そんな話を聞かなくとも御所に上がるというだけで緊張は計り知れない。


「明日香、支度はできたか?」

 父上の声がふすまの向こうから聞こえると衣の裾を直していた小夏の動きが速くなる。

「あと少しです」

「そうか、遅れるわけにはいかないから急ぐように」

 足音が去ると小夏が小物を手渡しながら念を押す。

「媛様、いいですか、くれぐれも粗相のないように、常に笑顔でいらっしゃってください」

「わかってるって後ろの方で大人しくしとく」

 

 外で待つ父と共に御所に上がると父は宴の席がある庭園へ、私は庭園に面した大広間に通された。薄い天幕のような御簾が張られた場にひしめき合うように成人の儀を迎え着飾った者たちが座っている。どこに座ったらいいか悩んでいるとどこからか名を呼ぶ声が聞こえた。

「明日香媛様こちらへどうぞ」

 声のした端の方に目をやると淡い色の衣の女性が笑顔で手招きしている。

「諏訪媛様」

 父と親交のある方の媛君で家でお会いした時、歳が同じとわかって、それ以来文のやりとりや家の行き来をしていた。

「今日はお会いできるのを楽しみにしてましたのよ」

「私もです。なかなか会えない日が続きましたから」

 諏訪媛様のお宅は不幸ごとが続いて、会う約束が何度か無くなった。詳しくは聞いてないから不幸ごとの内容までは知らないままでいた。

「皆が噂してたのですが帝のお子様と帝の弟君のお子様がいらっしゃっるって」

「貴仁様と隼人様ですか?」

「本当なのでしょうか…皆が一度だけでも拝見したいと御簾の前の席を競い合ってたので嘘ということも無いとは思うのですが…」

「今日お見えになるかはお聞きしてませんが、私たちとお歳は同じはずです」

「そうなのですね…それならばもう少し前に座れば良かったですわね」

「諏訪媛様も拝見したいのですか?」

「そうですね、この機会を逃せば…美しいと噂のお二方にはもうお目にかかることはないでしょうから」

 遠慮がちな言い方と諏訪媛様のうつくしさが相まって思わず見とれてしまった私に諏訪媛様が笑いかけた。

「明日香媛様はお二方にお会いしたくないのですか?」

 会いたい…それが本音だが、立場ある二人には会いたくない…それも本音だった。

「…そんなことは…ないですけど、ここからでは…」

 私たちの座ってる端の席からは舞っている人の顔が見えるとは言い難かった。

「でも舞ってる方が入れ替わる時、この前を通るのでお顔は拝見できると思うのですが…」

 諏訪媛様の目線の先を見ると庭園の中心にある舞台に続く道がちょうど私たちの目の前で確かにここを通れば顔がはっきりとわかるくらい近い。今日の薄い御簾越しであればこちらからも向こうからもお互いの顔が確認できるだろう。

「…確かに…はっきりと…」

「始まるようですわ」

 ざわついた声の間から静かな笛の音が響き渡りはじめていた。


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