第9話 御簾越しの再会

 諏訪媛様と隣あわせで、優美な音色の中、舞いを舞う者たちを見るだけの時間は苦行のようでもあった。

「明日香媛様、先程の方は…」

 生真面目な諏訪媛様の感想は、なんとなく遠くで聞こえていたけれど、お二方がいつ現れるか…それだけが今の私の心を占めていた。前を通り過ぎる人を薄い御簾越しに見ることだけに集中していた。しばらくするとほのかに嗅いだことのある香りが風に乗ってきた。

「隼人様…」

 見えてもいないのに思わず口にした名前に前を通り過ぎようとした男性が足を止めた。

「明日香媛…?」

 小声で私の名を呼ぶ隼人様の声に懐かしさと嬉しさが滲む。だけど大勢の人がいる中で結婚前の男女が話をすることがいけないとわかっている…たとえそれが御簾越しであろうとも、すぐに噂の的になるだろう。返事をしたいのにできない…そんな私の表情に諏訪媛様が気づいた。

「どうかされましたの?明日香媛様?お顔の色が…」

 私の向こうにいる隼人様に気づいていない諏訪媛様が心配そうに顔をのぞく。

「…大丈夫です…諏訪媛様…」

 隼人様にも聞こえるように声を絞り出す。

「……そこにいるのだな、見ていてくれ明日香媛」

 呼ばれた名前と私の声に気づいた隼人様は、小声でそう言うと舞台へと歩いていった。

「素敵な方…」「もしかして…」

 舞台に現れてすぐ、見ていた女性達がざわついて、御簾に張り付くように目を凝らしている。

 舞台では五人の舞が始まったが私の席からではぼんやりとしかわからない舞をただ見るしかなかった。前で踊る二人のうち、片方の衣装が青でもう片方が紫なのがかろうじてわかる。

「あれが帝のお子様…」「そのお隣は弟君のお子様ですわ…」「見目麗しい…」

 皆が口々に褒め称えるのを聴きながら、きっと青が隼人様で紫が貴仁様だと目を凝らす。お二方が手にしているのが最後に渡した布地の色のように見えるのは気のせいなのかもしれない…ただ紫の皇子、青の皇子と称されるだけあってそれぞれの色の衣装で出ることが多いのであながち間違ってはないだろう。

「お二方とも出ていらっしゃるようですけど、やはり、よく見えませんわね」

 諏訪媛様が残念そうに言う。

「そう…ですね…でももうすぐこちらを通られるのではありませんか?」

 舞の音色が止んで、次の人たちと交代するために足音が交錯する中、誰かが私たちの前で立ち止まる。

「ここか隼人?」

「ああ多分」

「久しぶりだな、元気か?」

 人目もはばからない物言いは貴仁様に違いなかった。

「会う日も近い…その時にな」

 紫の衣装の男性の突然の声に周りにいた女性達が驚いていると諏訪媛様が口を開く。

「今のお声はもしや…紫の皇子様ではないのですか?どなたかお知り合いがいらっしゃるのかしら」

 名前を呼ばなかったからか諏訪媛様も他の人も呼びかけた相手が私とは気づいていなかった。

「でも会う日とはどういう…もしやお相手がいらっしゃるのかしら?」

「お相手?」

「ええ、噂では紫の皇子様の縁談が持ち上がってると父が言ってましたから」

「縁談…?」

「青の皇子様にも同じようにお話が来てると…」

「…そう…なのですね」

「明日香媛様、やはりお体の具合いがよろしくないのでは?お顔の色が…大丈夫ですか?」

 予想していなかった話を聞いて、動揺が隠しきれなかった。お二方ともが私の手の届かない遠いところに行ってしまう…そう思うだけで寂しかった。それからは涙をこらえて、ただ宴の終わるのを待っていた。



 

 


 



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