第5話 子供と大人の境目で
雨の音が激しくなって外に目をやると、時間が大分過ぎたことに気付いた私と隼人様の目が一瞬あった。幼かったはずの顔が違って見えたような気がして、慌てて顔を背けると今度は貴仁様が私達を見ていた。
「こうやって会うのもあと何回かな…」
貴仁様の言葉の意味がわからず、きょとんとしていると
「そうだな、あと三回、いや二回がやっとだな」
隼人様もそれに答えるように声を出した。
「…会えなくなるのですか…?」
学寮に通う兄と違って、出かけることの少ない私には二人の話してくれる世界は知らないことばかりだった。
何もわからない私に新しい話をたくさんしてくださる貴仁様、わからない事をひとつひとつ説明してくださる隼人様、そんな二人に会えることは楽しみでしかなかった。
「私も隼人も大人にならねばならぬ」
「…大人…?」
「成人の儀を行うってことだよ」
言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。兄様の成人の儀の時、母は涙して、父は喜んでいた。幼髪から大人の髪に結い上げた兄がすごく遠い人に見えた。
「明日香媛もだろう?」
そういえば、母と小夏がそんなことを言っていたような気がする。まだ先の話だと思っていた事は間近に迫っていた。
「…はい」
「そうなれば、余程のことがない限り会うことは出来なくなる」
「ここに来ることは出来ても、明日香媛には会えぬだろうな」
大人になるということは、男と女というだけで気軽に会うことは許されなくなる。それぐらいの知識は、私でも知っている。
「そうなのですね」
急にこみ上げてきた寂しさで、涙がでそうなのを必死でこらえていた。
「あと二回、明日香媛の好きなことをしよう」
「そうだな 、何がしたい?」
いつになく優しい貴仁様の提案に少し考えて、もう一度紫苑の館に行きたいとお願いをした。
「わかった、父上様にお願いしておく」
「でも、紫苑の館で何をするんだ?」
「はい、桜が見たいです」
三人が初めて出会った桜があるあの場所に行きたかった。
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