最初からラストスパート~天を駆ける想い~

後藤 悠慈

最終話 天に駆ける翼

 海風になびく上着を抑え、ゆっくりと腰掛ける俺は、ため息をつきながら空を見ていた。ああ、なんと綺麗で平和な青空だろうか。こんな日は何も考えずに海で泳いだり美味しいカフェを探したり、はたまた家でのんびりするのに絶好な日だろう。だが、この青空の向こうの天では、今まさに地球を含めた生物が存在する星々の命運を分ける最終戦闘が繰り広げられているのだ。そして、今まで共に生活し戦った仲間たちも、その戦場に出ている。それぞれの想い、信念のために。なのに、そんな大事な時に、俺は撃墜されて地球で悔やむことしか出来ないでいる。その仲間の中には、特別に大切な人がいるのに、一緒に戦うことも、守ることも出来ないのだから。

 そんな可哀そうな俺のことを、背後から呼ぶ人がいた。


「おいおい、俺の息子であろう者が、こんなところでなにやってんだよ」

「……親父。仕方ないさ。俺にはもう飛ぶ力がないんだ。俺の相棒の機体『セリオ』はもう動かない。俺に応えてくれない。落ち込まない方が無理ってもんだろ」

「ああ、相棒の機体がなくなったらそりゃ悲しいだろうな。俺もそうだった。でも、俺の時とは状況が違うのには気づいているか?」

「……何が言いたいんだよ。暑苦しい言葉だけじゃなくて言いたいことをはっきり言ってくれよな、親父」

「へへ、こういう時は暑苦しい位が気持ち的に燃えるだろ? ――ほら、俺たちが居るってことだよ」


 親父の後ろからは近所の知り合いの人たちが顔を覗かせる。商店街のおじさんおばさんたち、隣の幼馴染とその父親。そして、俺の母親。


「みんな、こういう似たような状況を経験してるし、何よりもみんなは元戦闘参加経験者で技術者なんだぜ。お前の意志次第じゃ、今できる最高の手助けが出来るんだよ。分かってんのか?」

「私たちは肉屋で肉を切る前は人間を切ってんだ! それに、機体の整備も噛んでたしな!」

「今じゃジャンク品のいじりしかしてないけど、君の父さんの機体をずっといじってきたんだよ。物が最高だったら、どこまでも最高を追求できるんだ」


 肉屋で父さんの友人の夫婦に商店街のジャンク屋の兄さんは自慢げにそう言う。どれも初めて聞くことで、驚いたまま彼らを見ていた。それは、隣に幼馴染のミネレラスが座ってきたことで、我に返る。


「ミネ……」

「メフメドはあの時、言ってたじゃない。命に代えても守りたい人がいるんだって。私の想いは言った通りだったけど、でも、それ以上に、メフメドには後悔して欲しくないんだ。好きな人が悲しんでいる姿を見かけたら、私は助けたいって思うし、手助けしたいって思う。――それが、戦場に行くことだったとしてもね。だから、私からもお父さんに頼んだよ。メフメドのお父さんと現役時代に殺し合った仲だったとしても、ね」

「まあ、今の僕たちは別に敵というわけじゃないしね。娘の頼みなら、命を懸けられるってものだよ」

「みんな……」


 俺は嬉しさのあまり涙目になる。しかし、泣くのは今この場面ではないことを理解している。少しだけ溜まった涙がこぼれる前に、ミネレラスが指ですくい、涙を流さないで立ち上がる。そして、深々と頭を下げてお願いした。


「――俺を、天に連れて行ってください!」


 親父は言う。


「遅すぎだが、まあ良かったぜ」


 そうして、俺は親父に連れられて、ある地下施設へと向かうことになった。


 そこは元々打ち捨てられた昔の軍施設のようだった。そこには、宇宙用戦艦が整備されて佇んでいた。


「親父。これってまさか」

「おうよ。俺が現役を生き抜いた艦だ。最後の最期まで生き抜いた縁起の良い艦だぜ!」

「生き抜いたのは、艦長が優秀だったから、でしょ」


 声のする方へとかを向けると、そこには見慣れない制服を着て帽子をかぶりながら歩いていた、母親だった。俺は驚いて言葉を返す。


「母さんも軍人だったの?」

「ええそうよ。言ってなかった? 昔は船長してたって」

「いや、普通の船だと思ってたんだよ。まさか宇宙用戦艦だったなんて」

「どう、すごいでしょ? 当時優秀な女軍人だったんだから。その優秀さにお父さんもメロメロよ」

「おんや? 最初に誘ってきたのはそっち……」


 親父が何かを言いかけて、母親は丸めた手袋を親父の顔に投げて黙らせる。そんな様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「おいおい、そんな笑うかよ。おら、艦長様も準備万端なら、さっさと行くぞ」

「え、でも、機体は」

「あそこにあるからよ」


 親父が指さしたのはその宇宙用戦艦だった。俺はいまいち理解が追い付かないまま、親父に背中を押されて戦艦へと入る。

 そして案内されたの格納庫には、黒と赤を基調とした機体が整備されていた。見える範囲の武装は一応最新版の物に見える。


「これは、俺が現役時代、ってか、戦争に巻き込まれて仕方なく乗って戦っていた、一番最初の機体だ。こいつが、俺の物語のスタートラインだったんだぜ。旧世代も良いとこだが、ちゃんとシステムも武装も最新版にアップデートしてある。大変だったんだからな。戦場から武装を持ち帰るのも命懸けさ」

「一時期噂になっていた泥棒組織って、親父たちだったんだ……」

「こういう時のためだったんだ。やっておいて正解だぜ全くよ」

「良い、あなたは今すぐ準備して、この機体の乗り込んでおきなさい。地球の重力に引っ張られない最速の地点で出撃出来るようにね」


 母親はそう言ってパイロットスーツとヘルメット1式を俺に押し付ける。それは俺が撃墜された時に来ていた服と、破けていた箇所には別の服の一部を使って修復しているようだった。


「俺のお古のパイロットスーツは流石に使わない方が良いだろってことで、穴をふさぐのに使ったんだぜ。もう俺の戦争用の私物はほとんどなくなっちまったな」

「別に良いでしょ。減るもんじゃないし」

「いや、実際に減ってんだろ。ま、問題ねえさ。ほら、さっさと着替えてこいよ。お前の準備が出来次第、最終チェックをして発進するからな」


 親父は俺の肩をぽんと叩く。俺はまた目頭が熱くなったが、それを隠すように、更衣室に走って行った。


 俺は機体に乗り込む。この戦艦の元クルーの整備員たちの人たちに見送られ、機体の機動する。システムが機動し、正常に動いていることをシステムと俺が確認した。すぐに親父から通信が入る。


《おっし。準備は良いな。良くなくてももう機体に乗ってるし、さっさと発進するぞ》

《大丈夫。もう準備万端だ》

《流石、手慣れたもんだな。そればっかりは、あんま嬉しくないがよ》

《……親父》

《なんだよ》

《――本当に、ありがとうな》

《……息子が愛する女のために命かけるんなら、親は息子のために命かけてやるさ。ついでに言うが、今いるクルーは、まあ、なんだ。俺や母さんに命駆けてくれるやつらだから、お前はそこ気にしなくて良いからな。ここにいるのは、命駆けられる覚悟がある奴らしかいねえ。だから、お前は、目指す目的のために、天を飛べ》

《――――分かった》


 そう言い終わり、母親が静かに命令を下した。


《宇宙用戦艦アテナ、発進》


 そうして、戦艦は発進する。命を懸けるべき場所へと、俺を運ぶために。移動中は母親からこれからの動きについて整理を受ける。そうこうしているうちに、来るべき時間がやってきた。


《よう、元気かよ》

《大丈夫。問題ない》

《流石だぜ。そんじゃ、言いたいことはもうさっき言ったし、もう言うべきことはないからな。システム的な連絡をするぜ》

《よろしく》

《戦場は随分進んでる状態だ。お前たちのお仲間の連合軍はいくつかの防衛線を突破してるが、最終防衛ラインが固いようだ。そんで、反地球連合軍は地球を確実に仕留めるための要塞砲台を防衛、移動中って感じだな。こっちが持ってる情報が今も有効なら、目標地点まであと少しってところだ。つまり、移動目標地点まで移動させちまうと、地球は撃たれる。お前のお仲間も砲台の発射の衝撃に巻き込まれるだろうぜ。つまり、やるべきことは分かるな?》

《分かってる》

《――よし。そんじゃ、発進予定地点に着いたし、始めるか。射出準備を開始してくれ》


 親父の合図で、機体を乗せた格納庫は射出場所へと移動する。俺はシステムの最終チェックを行い、問題がないことを確認した。後は、この機体が自分の体に合うかどうかだけが、不安なところだ。

 射出場所へと移動が完了し、そしていよいよ出撃の時。


《ああ、そういえば、その機体の名前を教えてなかったな》

《いや、名前何て重要じゃ……》

《何言ってんだぼけ! 相棒になる機体の名前くらい知っとけ! へへ、その機体の名前はな》


 親父が自信満々に名前を教えてくる。せっかく教えてくれたのだ。出撃の時くらい名前を呼んでやろう。そして俺は、出撃した。


《そんじゃ、進路良好。発進どうぞ》

《メフメド。オーディン=ゼロス、発進》


 相棒の名前を報告し、俺は発進した。天を駆ける機体に乗った俺は、機体のブーストをフル解放し、仲間たちの元へと帰って行った。世界を、仲間を、愛すべき人たちのために戦うために。

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