第15話 痴話喧嘩?


 いつからだろうか。勝つための努力が気持ち良く終わりを迎えるための我慢に変わっていったのは。

 いつからだろうか。他人に出された食事を毒が入っていること前提で口にするようになったのは……。

 幼き頃に憧れた英雄の旅路に比べると俺の旅は孤独で、残酷だった。

 勇者の力がバレてから、人を信用出来なくなるのに一年はかからなかった。

 襲いかかってくる人間を殺すのにはもっと早く慣れてしまった。

 騙されるのが怖くて人を突き放すことが増えていく……。


 こんな俺を見てあの人は怒るのだろうか? それとも呆れたように笑うのだろうか?

 あの人との最後の約束だけは守りたかったんだけどな……。


「──レオ! どうしたの? 酷い顔してるわよ」


 意識が引き戻される。前を向けば不安そうな表情で理紗が覗き込んでいた。


「ああ。大丈夫、心配いらない」


 理紗の言葉は真実だった。初めは鏡花と口裏を合わせているのかと勘繰っていたが、魔王リスティルしか知りえないことを次々と口に出す彼女を見ては納得せざるを得ない。


「大丈夫なわけないでしょ! そんな顔して、鏡見てみなさいよ!」


「……レオ、君の望みが儚く崩れることになったわけだけど、これからどうする?」


「ちょっと今は──」


「後回しにすることなんて出来ないよ。だって彼はそのために世界を渡って来たんだから」


 鏡花の疑問は尤もだ。この世界で鏡花は俺の力を知る数少ない存在。鏡花の目には危険人物にしか見えないのかもしれない……。

 お礼代わりにオークから手に入れた魔石と、前金としてもらった金の束を机の上に置いた。


「二人とも、色々教えてくれてありがとう。この国の住人には迷惑をかけないことを約束する」


「どこに行くつもり?」


「この魔石はレオが持ってるといい。それにこの金は依頼の報酬として渡したお金だ。これを手放してしまったら、野宿する羽目になるよ?」


 冗談交じりに鏡花が魔石とお金をこちらに渡そうとしてくるが俺にはもう必要ない。


「これからダンジョンに潜ることにしたんだ。だからそれはいらない」


「だからって今は一文無しでしょって、まさかあなた……」


 どうやら理紗は俺の目的に気がついたようだ。止められると面倒なので、そのまま振り返り部屋から出て行く。

 慣れないエレベーターに乗り込むのは少し不安だったので、階段で降りることにした。


 


 理紗はレオの行動に驚き、呆然と出口の方を見つめている。そしてハッとしたように動き出し、鏡花の肩を揺らした。


「──ちょっと、レオを止めないと!」


「……そんなに心配しなくてもレオは死なないって」


「違うわよ! レオは帰ってくる気はない! 何があっても潜り続けるつもりよ」


「何? そんなこと絶対させない!」


 二人は同時に走り出し、エレベーターに駆け込んだ。




 ギルドの受付前は見物人でごった返していた。

 そこでは一人の男を取り合うように二人の女性が抱きついている。


「一回話し合うわよ! こんな別れ方なんて許さないんだから!」


「そうだって。せっかく会えたんだからさ……すごい筋肉。興奮してきた……」


「ちょっと! 鏡花さんは離れてください!」


「何であんたの指示を受けなくちゃいけないの? うちはうちのやりたいようにやるだけよ」


「話し合っただろ? 俺はダンジョンに行くってさ。ちょっと待て鏡花、お前どこに手を入れようとしてる……」


「おっと、手が滑った……」


「何が手が滑ったよ! どう見ても故意じゃない!」


「恋? そうか、恋かもな……」


「そっちの恋じゃない!」


 彼女達の痴話喧嘩は警備員がやってくるまで続いた。

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