第12話 全力


 

 男型の人形がつけている防具には、あまり格の高い魔物は使われていないようだ。

 手のひらの中にある皮鎧の残骸からそう判断する。


 俺の行動に来栖はパクパクと口を開けて驚いているが……そうするように誘導した鏡花も同様に驚いているのはどういうことなんだろうか?


 ……まさか嵌められた? 弁償を迫られるのではないかとヒヤヒヤしていたがそうではないらしい。


「防具はともかくとして人形までも抉りとるとは……。一応、それ下層に生えているモンスターのドロップ品なんだけどね」


「すまん。壊すのはまずかったか?」


「全然問題ない。うちの認識を改めただけだから。……そっか、こんなに強かったのか」


 思い返せば防具に傷をつけてみろ、としか言われていない。完全にこちらの落ち度だと思っていたが鏡花が優しい口調で返答する。


 これでとりあえず試験には合格だと安堵していたら、鏡花から追加で注文が入る。


「ツリードラゴンのドロップで作られた人形を、素手で引きちぎる人に言うのもなんだけどさ……いけるとこまで挑戦してみよう」


「──賛成です!」


 その言葉に理紗が食い気味で肯定する。理紗の隣にいた紬は何も分かっていないようであったが、理紗の耳打ちを受けると勢いよく俺を見て……。


「レオさん! 頑張って!」


 紬もまた、何かを期待するように俺に応援を送る。


「柊さん。もう合格でいいでしょう? 何でわざわざ続けるんすか……」


「黙って見届けなさい来栖」


 来栖が不思議そうに質問するが鏡花の言葉で口をつぐむ。そして鏡花は俺の耳元に顔を寄せると……。


「うちの顔をした人形は全力で破壊して」


「私達のもだからね。手加減しちゃ駄目よ!」


 感情の読めない声色で鏡花が告げると、理紗からも声が飛ぶ。来栖も鏡花達の意図に気がついたようで、鏡花達を模った人形を横目で確認する。


「柊さん。俺の愛する人形達の素材を知らないわけじゃないでしょう? 女性陣は全て上位種の素材で発注してある。いくら何でも……」


「そんなに自信があるのなら止めることは許さないからな」


 呆れたように話す来栖に鏡花は自信満々に告げると、俺に一枚の紙を手渡す。折り畳まれたそれを開いて確認してみると……。


「おい! この絵はどこで手に入れた?」


 太陽の絵の中心に鐘が描かれている。これはあちら、エアリアルで幾度となく俺に刺客を放ってきた組織、太陽の教会が掲げているものだった。


「それは今は答えられないな。うちが求めていること分かるだろ?」


「大人しく人形を破壊しろってことか?」


「分かってんじゃん……。ちなみにうちはそれ以外だと拷問されても吐かないからな」


 人形を破壊するだけなのに、何でそんなに深刻そうなんだ……。だか、この情報もかなり気になるため、俺は残りの人形の元へ向かう。


「まずはこれだ! 聖女ちゃんEX!」


 紬の顔をした人形を殴り飛ばす。人形はバラバラになって吹き飛んでいった。


「ああ! 僕の顔が殴られてる。なんて心が痛いの!」


 紬の煽るような口調に来栖は頬を引き攣らせる。


「くそっ! 次はこれだ! お姫様DX」


 これもまた紬の人形と同じ運命を辿った。


「あースッキリ! 今日のご飯はきっと美味しいわ」


 今度は理紗が満足気に告げると、我慢の限界に達したのか来栖が出口まで走っていく。


「あら? 逃げちゃった?」


「多分魔石を取りに行っただけ」


 紬の疑問に鏡花が答える。その言葉を聞いた理紗は鏡花の顔をした人形に歩み寄ると、人形が着ている防具をまじまじと見る。

 その人形は先程までの人形達とは一風変わった防具が装着されていた。

 素材は革ではなく、黒く輝いている硬質的な素材が使われており、滑らかな曲線で出来ている。

 その美しい出来栄えに製作者の力量が窺えるが、だからこそ歪だった。

 それは、胸の真ん中に丸い出っ張りがあることだ。

 鎧の使い方として、相手の攻撃を受け流すやり方があるが、あれでは攻撃が引っかかってしまう。


「この鎧って高いんじゃないの……」


「それはプロトタイプだけど失敗作。調整が効かないから魔石を入れたら最大の障壁を張り続けてしまうのよ」


「最大出力はどれくらい?」


「今出てるシリーズよりかは強度ある。製品版で同じ強度の障壁だそうとしたら、いくら魔石あっても足りないからな」


 二人の会話を理解することを早々に諦めた俺は来栖が帰ってくるのを待った。

 来栖は程なくして両手いっぱいに屑魔石を持って現れると、人形の胸元にある出っ張りの中に突っ込んでいった。


 すると不思議なことに防具だけではなく人形全体が微かな光を纏う。


「英雄と科学の結晶の対決。これは見ものだね」


「障壁が解ける前に早く攻撃しろ!」


 ソワソワと体を揺する鏡花は少し離れた位置で見守っている。そして準備を終えた来栖も残りの魔石を持って離れていく。


「レオ! 一回本気で殴ってみて!」


「うちもレオの本気を見てみたい」


「……きっと大丈夫。大丈夫。壊れない。絶対壊れない」


 理紗の言葉に鏡花が賛同する。楽しそうな顔をしている二人の横には来栖が呪文のようなものを唱えながら見守っていた。


 ……本気か。拳を握り状態を確かめる。魔王を倒したことでどれだけ強くなったのか。自分でも分かっていない。

 いい機会だと思うことにして人形の前に立った。

 一瞬の脱力、そして腰を回して繰り出した全力の殴打は人形を粉々にすることなく綺麗に貫いて……触れていないはずの背後の壁に大きな亀裂を残した。


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