第4話 それでも俺は君の名前が知りたい
「どうしたのりっちゃん! 何かされた?」
紬が私の肩を揺らす。……違う。あいつが転生前の私の名前を呼んでて少しテンパっただけだから。
なんてそんなこと言えるはずもなく……。
「大丈夫。それよりここから離れよう?」
「え! だってまだあの人が」
「大丈夫だから心配しなくていいわ。私の勘が言ってるの。あの人は強いって……」
紬の目が勇者へと向かう。そして何故か勇者はこちらに向かって歩いてきた。
「あの、言葉分かるか?」
【ナンパ下手かよ】
【言葉分かるよ】
【髪の色が変わってるってことは結構な濃度の魔素に染まってる?】
【自分で染めてるだけだろ】
勇者の目がダンジョンカメラを捉える。
「……何だこれ」
次の瞬間ダンジョンカメラは勇者の手の中にあった。
【掴むんじゃねえ】
【このダンジョンカメラはな、炎姫を写すためだけにあんだよ】
【え! 待って! 何でまだ襲われてないの?】
【そういえばそう】
ガリガリと物音が聞こえる。音のする方向に目を向けると、あれだけ好戦的だったオークがダンジョンの扉を必死で引っ掻いていた。まるでここにはいたくないと言うかのように……。
「あの……貴方は何者なんですか?」
我慢しきれなくなったのか紬が聞く。紬もあのオークがこうなった原因は勇者にあると考えているのだろう。素性を聞かれた勇者はきょとんとした顔を浮かべると……。
「俺は勇者……をやってたな。でも今はもう廃業だ」
【……分かるよ。そういう年頃あるもんな】
【拙者もあと三年頑張ったら魔法使いになれるでござるよ】
【やはり貴様は童貞だったか!】
【謀ったな!】
【いや……ただの自爆……】
コメント欄がざわついている。勇者は字が読めないのか不思議そうに宙を浮かぶ文字を眺めると、ダンジョンカメラを解放した。
「一つ質問してもいいか?」
「いいですけど」
勇者の言葉に紬が答える。そして勇者は意を決した様子で生唾をごくりと飲み込むと……。
「あそこで壁を引っ掻いてる奴の名前誰か知ってたりする? あんたらの知り合いだったりしないか?」
【何言ってんこいつ】
【俺も好きな子にオークに似てるって言われたことあるけど、あいつの名前は知らないな】
【強く生きるんやで】
「あれは敵! ただの魔物! 私たちの知り合いでも、あんたの知り合いでもない!」
「りっちゃん急に大きな声で叫んでどうしたの?」
我慢ならぬと真実を伝えたら勇者は悲しそうな顔をする。
「これは……嘘をつかれたのかも知らんな。そうか……嘘か……」
【なーかしたーなーかしたー】
【そんなドSな炎姫も好きです】
【聞いてねえよ】
コメント欄のからかいに青筋を浮かべるも、大きく息を吐いて心を落ち着かせる。
後ろの出口に向かってもいいが、イレギュラーを放置して帰るのも忍びない。
せっかく圧倒的な力を持つ戦士がいるのだから……。
「質問に答えた代わりにこっちもお願いしてもいい? あそこに魔物いるでしょう? 貴方の力で討伐出来る?」
「ちょっとりっちゃん何を……」
「出来るけどいいのか? あいつ爪研いでるだけだけど……」
【そう言われるとそう見えてくるな】
【家のタマと一緒じゃん】
【目の錯覚って怖いな】
「いいの! あんなのほっといたら何人犠牲になるか分かんないから」
【無茶言いますぜ姉御。いくら綺麗な女性に頼られたからってそんな簡単に男は強くなりません】
【強くはならないけど◯くはなるぞ】
【はいブロック! お疲れい!】
【隠したじゃん。ちゃんと隠したじ……】
【いい奴だったよ】
「あの……コメント欄でコントしないで。余裕のある今は目に入っちゃうから」
「余裕のあるってどこが? 状況は変わってないよ」
紬がいつでも回復を送れるように魔力を練り上げている。……でも大丈夫。あいつがこんなところで怪我するなんて起こり得ないから。
【能無し前衛は息を殺して壁のシミになってるけどな】
【オークと一緒に爪研ぎさせたら?】
【灰髪勇者オークに近づいて行ってんじゃん】
【本当だ。しかもかっこいい大剣消しちゃってるし】
【だから言っただろハリボテだって】
勇者は警戒することなく距離を詰めるとオークの動きが激しくなった。
爪が剥がれようがお構いなしに手を動かす。
【フロアボスって出勤時間あったっけ?】
【死んでも残業嫌なタイプ? 俺じゃん】
【その前にお前は仕事見つけような】
【はっ! 謀ったな!】
【……もう自爆でも何でもないじゃん】
オークの元に到着した勇者は優しい声色で問いかける。
「あの……俺に名前教えてくれないか?」
【ナンパかよ】
【優しい声色に私ドキッとしちゃった】
【あれ? 君、先週自分のこと俺って言ってなかった?】
【自分、どっちでもいけるくちなんで】
【そこは謀ったな、じゃねえのかよ……】
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