第5話 正々堂々
目の前の存在が俺の知っているオーク族と同一なのか疑わしくなるほどに魔物は怯えていた。
こちらのオークの色合いは紫で、もしかしたら変な食べ物を食べて調子を崩しているのかもしれないが……。
創造神とやらの言葉を信じるのなら、この世界に魔王は降臨しているはずだ。
あれだけの力だ……この世界の戦士がどれほどの力を持っているのかまだ分からないが、少なくともここにいる四人の少年少女に倒せるような存在ではない。
そこで気がついた。……彼女達に聞けばいいのか。このオークとは言葉が通じてそうには思えないが、彼女達とは意思疎通が出来た。
振り返って赤髪のひらひらとした服を着た綺麗な少女に声をかける。
「すまない! 君は魔王リスティルって──」
「危ない! 後ろ!」
赤髪の隣にいた垂れ目の少女が大きな声をあげた。直後、頭に軽い衝撃……。
頭を回して確認すると紫色のオークが伸び切った腕をこちらに向けている。
「すまんがちょっと待ってくれるか? あの少女達に聞きたいことがあってな……」
オークはただでさえ怪我をしていた指が俺の頭を殴ったことでいろんな角度に曲がってしまっている。
調子悪いんだったらあまり無理するなよ、と思ったが、ふとオークと自分の姿が重なった。
死ぬことを望んで強敵に勝負を挑む。残念なことに俺は生き残ってしまったが、このオークは弱りきった体を無理矢理動かして勝負を挑んできたのかもしれない。
「悪かったよ。お前の願いを汲んでやれなくて……」
オークは再び爪研ぎに戻ったが俺はちゃんと理解していた。これがこのオークの戦闘スタイルなのだと……。
鼻息荒く、よだれを撒き散らしているこの動作も何か意味があるに違いない。
未熟な自分には全ての意図を汲み取ってあげることはできないが、誓おう。
「正々堂々、死ぬまでやろう」
オークがぴいぴいと鳴き出したため、新手の魔法の発動かと警戒するが何も起こらない。
「危ない危ない。騙されるとこだった。ではこちらから行かせてもらうぞ?」
オークの元に跳躍するがこちらに反応する様子はない。そしてそのまま拳を繰り出す。
俺の拳はオークに風穴を開け、寄りかかっていた扉をぶち抜いた。
「何処の誰の持ち家か知らんが扉を壊してしまった。今手持ちにそんな金がない……と言うより俺はまだこの世界の金は持ってないな」
頭を抱えて後悔するが、四人の子供達は俺を責めてくる気はないようだ。もしかしたら見てみぬ振りをしてもらえるかもしれない、と淡い期待を抱いていると、オークの体が空気に溶けるように無くなっていく。体が維持出来なくなるほど弱っていたのか。どうせならもっと万全の状態で出会いたかった。
少し感傷に浸っていると、オークがいた場所に小さな魔石と紫色のローブが一着残されている。
魔石はオークのものだろうが紫色のローブは……。
「こんなの食べるから調子が悪くなるんだよ。あんたらもそう思うだろ?」
赤髪の長髪の少女は満面の笑みを浮かべていて、その隣にいる肩を少し超える程度の金髪の少女は、持っていた丸い人形のようなものをポトリと落とした。人形は独りでに浮き上がり彼女の持つ豊満な胸部に入っていく。
だが問題を抱えていたのは男の子達のようだ。壁際に張り付いている彼らは何かの皮で出来たレギンスをしとどに濡らしている。
誰も話してくれず少し悲しくなったが、そんな俺を慰めるように空中を浮遊していた丸い玉が寄り添ってくれた。
【世界線変わったのなら早く言ってよ。誰? ギャグ漫画の世界に連れてきたの】
【おっと! 危うく視力落ちてんの気がつかなかったぜ! 今から眼科に行って新しい目ん玉取り替えてもらうけど誰か一緒に行かない?】
【多分俺も必要みたい】
【……私も】
【ちょっと待って。同接の数やばくない?】
【本当だ。いつもは五、六万ってとこなのに五十万もいんじゃん】
【人が死にそうな時に同接跳ね上がる時あるけど今回のは違うな。この非常識勇者様が大きいだろ】
【今回の件ニュースになってる!】
【見たことのないイレギュラーだったもんな。共食いしてから強化されてんだったら勇者がいて良かったよ】
【そうか。魔法耐性強化されてたら絶望的だもんな】
【でもまあ、何はともあれだ……】
【ああ……そうだな】
【せーので言うか?】
【照れくさいな……】
【行くぞ? せーの!】
【炎姫は嫁にやらねえ】
【紬ちゃんの胸に顔を埋めるのは俺の役目だ】
【俺はどっちも好きだよ】
【つかぬことをお聞きしますがどっちもとは?】
【……どっちもはどっちも。詳しく言わせんな】
【お疲れしたー。またのご来店をお待ちしております】
【解散、解散。後はみんなで帰るだけだろ】
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