第2話 魔王の転生とイレギュラー遭遇


 ダンジョン攻略を専門に学ぶ高校に通う少女、北条理紗ほうじょうりさは前世の記憶を持っていた。

 ここではないどこかの世界で、絶大な力を誇る黒龍として生きていたそんな記憶……。


 そこでは誰も彼女に敵わなかった。他の魔獣も、人間達も……。

 強すぎる彼女は全てにんでいた。

 邪魔の入らない巨大な火山の火口で眠る日々。

 魔物らしく思うがままに暴れるつもりもない上に、誰かに与して助けてあげる気もない。

 異常なまでに彼女は無気力だった。

 誰にも知られず寿命を迎え、朽ちていく。この時ばかりはそう思っていたし、恐怖はなかった。

 だが彼女の長い引きこもりの日々に転機が訪れる。

 突然心のうちに溢れ出した殺戮本能。触れるだけで死んでしまいそうな木っ端な存在である人間に対して、今まで感じることのなかった気持ち。


 初めは抵抗した。蟻の巣を潰して何が楽しいと……。だが一日、二日と時間が経過していく毎に負の感情は膨れ上がっていき……人里へと侵攻を開始した。


 最初に小さな集落を滅ぼした。魔力を集めて小さな火の玉を放つだけ。それだけで幸福感が溢れてくる。


 しばらく眠ると再び胸の奥にどす黒い澱のような感情が浮き上がってきた。

 気分を晴らすため人里に降りると、眠る前に滅ぼした集落が復興している。


 以前より頑丈そうな砦で囲まれているそこに、同じように火の玉を打ち込むと影も形もなくなる。

 ここで異変に気がついた。……幸福感が湧いてこない。

 未だ殺戮本能に蝕まれている彼女の気持ちを晴らすには、後二つの街の破壊を必要とした。


 そんな彼女の凶行は一人の人間に阻止されることになる。

 その男は強かった。……異常なほどに。

 最後の戦いでは本能で暴れていただけとはいえ、手も足も出なかった。

 今際の際に眠らしてくれた彼にお礼を言うと……私は地球の赤子に転生していた。


 人間の赤子として生を受けて一七年。衝撃を受けたことは数知れず……その中でも私を震撼させたのは、十歳の時に出会ったテレビゲームの存在だろう。


 感動した。でもそれ以上に後悔した。何故もっと早く出会わなかったのかと……。

 それからは休みの日はゲームの世界にのめり込んだ。数えきれないほど親に部屋から叩き出され、数えきれないほどのゲームクリアの実績を積み上げていった。


 それは友達から借りたものもあれば、アルバイトをして稼いだ金で買ったのもある。

 順風満帆な幸せな生活。それは母親の激怒によって瓦解した。

 休みの日は徹夜でゲームをやり通す私を見て、母は強く宣言する。


『まともに学校生活を送れていると判断できるまでは、一日二時間以上はゲームをしてはいけません』


 中学二年の夏に発令した強制措置。

 そんな母に血涙を流さんばかりに縋りついたが結果は変わらず……。


 ここで私は考えた。家でできないのなら一人暮らしをすればいいのでは?

 誰にも邪魔されずに趣味のゲームを満喫する。

 それが可能になる一つの策があった。


『お母さん。私、探索者になりたい。人の役に立ちたいの』


 その言葉を聞いた両親は最初は反対したが、熱心に説得する私の姿を見て最終的には私の夢を応援してくれることになる。


 理由の一つにあるのが私の才能だろう。前世の記憶により誰よりも魔力の扱いが上手く、出力が高い。

 常人では一生を賭けても真似できないほどの緻密な魔力操作は、両親に試しにと、連れて行かれたギルドの試験官の度肝を抜いた。


 それからあれよあれよと進学が決まり、学費、家賃諸々無料といった高待遇で入学することができたんだけど……。


「りっちゃん笑顔、笑顔!」


 隣を歩く友人の日下部紬くさかべつむぎが存在感溢れる巨乳を揺らしながら、私の顔を覗き込む。

 お人形のように整っているその愛らしい見た目に反し、しっかりもののお母さんのような口調でこちらに注意を促す。

 その特徴的な垂れ目はカメラに映らないようにうっすらと細められており、私にだけ聞こえるように、こっちも嫌だけど我慢してるんだよと小さく呟いた。

 


「これが私の笑顔だから気にしないで」


【俺はそんな無表情の炎姫も好きだぞ】

【帰れ童貞】

【ど、童貞じゃねえし!】

【これ以上ないほどの自己申告。ありがとうございます】


 周囲を飛び交うダンジョンカメラが自動音声を切っていることにより、空中に文字を投影した。

 大きな目玉の魔物の素材が使われたこのカメラは魔石を入れ込むことによって起動し、外にある通信機と連動することで生配信を可能にする。


 遭難対策の一つとして義務付けられているダンジョン配信は私のゲーム費用に色をつけて稼いでくれていた。


「そうだぞ。せっかく前衛が警戒してあげてるんだからファンサービスしないと……」


「最後まで炎姫の出番はねえかもな」


 前方を歩く同級生、小剣を持つ伊庭悟いばさとると槍を携える西田恒彦にしだつねひこが無駄にカッコつけながら素振りをして話しかけてくる。


 普段はソロか紬を入れて二人での探索だが、今回は仲が良いわけではない男二人追加されていた。


【黙れ三下】

【パッとしない強さのくせして調子乗るな】

【炎姫がいるパーティだと前衛はお荷物にしかならないでしょ】

【いつもみたいに回復役の聖女いれば、中層までは事足りるだろうしな】


 男二人の横にダンジョンカメラが移動すると、二人が何か声を荒らげて喧嘩している。


「誹謗中傷打ってる奴いたら後で見つけてブロックするからね」


 その様子を見て自分を写すダンジョンカメラに向かって伝える。

 言い終わってしばらくするとコメントが落ち着いたようだ。それか学校側のスタッフが、先んじてブロックしてくれたのかも知れないが……。


 ダンジョンには五階層毎にフロアボスと呼ばれる強力な魔物が出現する。同じ階層の個体でも格段に強く、討伐が難しい。


 その分旨みもあり、落とす魔石の大きさが大きく、ドロップアイテムも落としやすいため、安全に討伐出来る探索者には非常に美味しい相手だ。


 十階層までは非常に楽な道のりではあったが、仲の良くない連中一緒に行動するのは苦痛でしかない。


「……早く帰ってゲームしたい」


「駄目だよ真面目に働かないと」


 紬の注意を聞くとお母さんに怒られているように錯覚してしまう。


「真面目って言ったって、二十四階までのランドマークは回収してんだからそんなに仕事も残ってないでしょ」


【昨日二十四階のランドマーク手に入れたから時間にも余裕あるしね】

【ランドマークって何ですか?】

【初見? 階層毎に光のオーラを纏っている魔物がいるんだよ。それを倒せば次の階層までの道のりが短くなるんだ】

【便利ですね】

【期限があるけどな】

【三日間ダンジョン更新出来ないと消えるんだっけ? 深く潜れば潜るほど怪我しやすいからきつくなってくね】


「よっぽどのことがない限り大丈夫だと思うけどね。二十階層はりっちゃんとの相性が高いし」


 この時ばかりは楽観的に話していたのだが……。


 二十五階層にやってくると閉ざされたドアの前にモンスターが生まれる。

 通常ここはダンジョンカメラの素材となるフライアイが出現する階層なのだが……。


「……嘘、だろ?」


「何でこんな魔物が生まれんだよ!」


 前衛の二人組の持つ得物がカタカタと揺れている。


【イレギュラーじゃね?】

【このオーク見たことない色合いしてんな】

【階層戻って!】

【駄目だ、後ろにもう一体出現してる】


 通常のオークの体色は緑。対して新しく生まれたオークは紫色をしていた。

 無常にもイレギュラーとの戦闘が勃発する。

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