第8話 下準備

 ドサッと買い物袋を机の上に置く。

やっと片手が自由になった。

天羽がどうして急にあんな事をしてきたのか疑問だがどうでも良いだろう。


「配信までは後30分あるな……何する?」


「食材は先に切っておいた方が良いんじゃない?」


「どうして?」


「もしかしたら配信中に血が出るかも知れないから。血が映ったら少しマズイんじゃない?」


「そうか。色々考えてるんだな。」


それだと配信中は雑談メインになりそうだがもう後には戻れないだろう。

向かう先に待つのは天国か地獄のどちらだろうか……まぁそこまで大袈裟じゃないか。


「あー良く考えたら配信部屋使わないじゃん。良いの?キッチンが配信に映って……」


「大丈夫だ、問題無い。キッチンだけで家バレするわけないしな。」


「そっか。じゃあ早速、食材を切ろう!」


俺達はキッチンに向かった。

キッチンには新品同様の料理器具の数々が置いてある。

使うことは殆ど無かった為、ガラクタになりかけていた。

俺はまな板を用意し、そこに食材(玉ねぎ)を置いた。


「さて……天羽は、最近料理をしたか?」


これからの工程は下手をすれば命に関わる。

その為、最近包丁に触れたことすらない俺は死ぬ可能性が高い。

冗談じゃあない、割りかしマジだ。

包丁を握っただけで心拍数が爆上がりだ。


「してないけど……」


……究極の選択だ。

天羽にリスクを背負わせるか、男として格好良い所を見せる為に自分で背負うか……

いつもなら相手に背負わせるのだが……

今回ばかりはそれをしたら負けな気がする。

だったら……


「俺が切るよ。」


俺は覚悟を決めた。

覚悟とは犠牲の心ではない、と言うが、これはまるっきり犠牲の心だと思う。


「無理しないでね。」


天羽が心配の声を掛けてくれた。

これはやるしかないだろう。


「分かった。」


そして、俺は包丁を握り、ターゲット(玉ねぎ)に狙いを定める。

刹那、それは勢いよく振り下ろされた……が、ターゲット(玉ねぎ)はその攻撃を躱し、攻撃は俺の指に向かう。


「痛ッ!!」


絶叫に近い叫びがこだまするキッチンの中、その止まる気配が無い血……

そこで、俺は改めて実感した。

料理はやんないんじゃあない、出来ないんだと……


「大丈夫?!」


「大丈夫だ、致命傷で済んだ。」


「大丈夫じゃあ無いじゃん!!ちょっと見せて!!」


「何をするんだ?」


「いいから!!」


俺は未だに流血している指を天羽に見せた。

何をするというのだろうか……

その途端、天羽は俺の傷口を咥えた。


「おっ、おい!!何をやっているんだ?!」


「血を止めてるの……」


「他に方法がなかったのか?!」


「これが1番手っ取り早い……ん、止まった。」


そう言うと、天羽は口を開いた。

確かに、血は止まっていた。

これが、普通なのだろうか……?


「絆創膏取ってくるね。」


天羽は走っていった。

その間、俺は放心状態になっていた。

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