第102話 追跡、そして集落へ
エルフ族の里から王都へ帰る途中、俺たちは数名の獣人と遭遇した。
獣人たちは人間が森の中にいることを訝しみ、挙句、俺が余計なことを言ったせいで誤解してしまった。
どうやら正式に敵と認識されたらしい。
森の奥——おそらく自分たちの集落がある場所へ戻っていったのだろう。その後ろ姿を見届けてから、俺とアイリスとナナは馬車の荷台から降りた。
困惑したままの騎士たちにアイリスが指示を出す。
「これから先ほどの獣人たちを追います。あなたたちは馬と荷台を連れて追ってきてください。道中、木に切り傷を付けていきます」
「わ、わかりました! ご注意ください!」
「あなた方も! 決して近づきすぎないようにしてくださいね!」
それだけ言ってアイリスは魔力を練り上げて走り出した。その背中を俺とナナも追う。
「ナナ、魔力はもつか?」
一番俺たちの中で魔力総量の少ないナナへ声をかける。
彼女の出力と強化具合では、いずれアイリスと俺に振り切られてしまう。見失ったら面倒だ。
最悪俺が彼女を抱き上げて走ることも考慮して訊ねると、跳ねるように地面を駆けるナナは問題ないと告げる。
「いける。任せて。足を引っ張ったりしない」
「いいね。さすが俺の娘だ」
宣言通り彼女は一定の放出量をキープしながら俺たちを追いかける。速度はわずかに遅いが、決してこちらの姿を見失うほどではない。
それを確認するなりこの後の展開を予想し始める。短気な獣人たちならいきなり襲いかかってきてもおかしくない。
アイリスが負けるとは思わないが、注意は必要だった。
☆
俺、アイリス、ナナの三人は獣人を追いかける。
やがて逃げ出した獣人たちの背中が見えてきた。速度はこちらのほうが上ということだ。
相手側も俺たちの接近に気づく。
ちらりと背後へ視線を向けると、ぎょっとした表情で言った。
「なっ⁉ 化け物かあの人間たち! 追いかけてきやがったぞ!」
「気をつけろ! 魔力の放出量だけは俺たちに匹敵するぞ!」
「特にあの仮面の男! あいつからは得体の知れない不気味さを感じる」
「集落に戻って囲むぞ! 数で押し切れ!」
アイツら……仮にも敵と認定した相手の前でペラペラ作戦を語るなよ。声がでけぇ。俺たちにも完全に筒抜けだ。
本能的に俺の恐ろしさ、強さを感じ取ったらしいが、所詮は獣が人っぽくなっただけの獣人。退却、あるいは降参の選択肢はない。
「囲んで俺らを殺す気だぞ、アイリス」
俺は呆れ声で前方のアイリスに声をかけた。
アイリスもまた呆れた声で返す。
「戦闘は避けられないようですね……ユウさん、手加減できますか?」
「俺を誰だと思ってる。手加減は得意だぞ」
「嘘っぽいです」
あっさり否定された。これまで俺が人を殺したことあったか?
……結構あったな。でも、それはあくまで相手を活かしておく理由がなかったからだ。別に殺さなくてもいいならそれくらいの手加減はできる。
じゃなかったら、今頃アイリスもナナも殺してる。
どこか胸を張るように言い返した。
「いやいや、任せろ任せろ。獣人たちとも同盟を結べればより帝国の企みを潰せて戦力も増強できる。殺したりしないよ」
「私も頑張る。生け捕りは得意」
「生け捕りとか物騒なこと言わないの」
今後、彼女の教育は全面的にアイリスに任せたほうがいい気がしてきた。俺が父親だと悪い影響ばかり受けるな。
別に俺の行い自体はそんなに悪くないけどね? 本当だよ?
自分自身に弁解する。
「……お二人のこと、信頼してますよ。ただ、命の危険が迫った際には躊躇しないでください。その場合の殺人を私は許容します」
「だってさ、ナナ」
「パパは?」
「俺、最強だから負けない」
「あっそ」
ぶすぅ、とナナが頬を膨らませる。
走りながらだってのに喜怒哀楽豊かな子だ。なんだかんだ、あの暗殺者ギルドの連中から奪い取って——じゃなくて、引き取ってよかったな。ナナも幸せそうに暮らせているし。
過去の記憶を振り返りながらしみじみそう思っていると、やがて獣人たちの集落っぽい場所が見えてきた。
集落……要するに大人数の獣人たちが暮らしているだけあって、そこはエルフ族の里と同じくらいの規模の居住スペースがあった。それらを木材を使って壁を作り囲んでいる。
完全に外観はエルフ族とほとんど一緒だな。違いがあるとしたら、エルフ族は遠距離武器を好んで使う。壁の上に兵士を配置して弓矢を構えるのだ。
でも獣人族は違う。門の前に兵士っぽい獣人がいて、壁の上には誰もいない。近接戦闘を好むって感じがひしひしと伝わってきた。
「おいお前ら! 敵襲だ! 仲間を呼んでこい!」
門の前まで到着した獣人たちが、揃って大きな声を出す。
そんだけ声がデカけりゃ、門を守る兵士たち以外にも届く。事実、近くにいた獣人たちがどんどん騒ぎながら外に出てきた。
外壁を飛び越えてくるなら、もはや外壁の意味はないのでは?
ささいな疑問を抱きながらも、俺たちは足を止めた。
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