第101話 勘違い、そして集落へ
エルフ族の里から王都へ帰る道中、俺たちの前に数人の獣人が姿を見せた。
彼らはこの世界で上位に位置するほどの身体能力、感覚器官を持ちながら、頭脳に恐ろしいほどの欠陥を抱えた種族だ。
正面から殴り合う分にはエルフや人間より遥かに強い。だが、すぐに調子に乗って前に出て罠にはまる。
搦め手や遠距離攻撃が得意なエルフなんかが相手だと特に。
それゆえに同じ亜人でもエルフ族とは凄く仲が悪いらしい。原作の設定だと、過去に何度も戦争を起こしているとか。
しかし、その獣人族が俺たちに何の用だ? 武器を構えていないあたり、手当たり次第の盗賊には見えない。
相手の様子を荷台の中から窺っていると、前方に立つ獣人たち——その先頭にいる犬っぽい男が言った。
「どうしてこの森に人間がいる! エルフ族にでも会いに行ったのか⁉」
ストレートな質問だな。それでいて的を見事に射抜いている。
「それがなんだー。喧嘩売ってんのかー」
荷台から帳を退けて俺が声を上げる。
隣に並んだアイリスに肩を叩かれた。
「ちょ、ちょっと! 相手を刺激しないでください、ユウさん!」
「刺激してないよ。急に喧嘩腰だから相手してやろうかと思って」
「刺激してるじゃないですか!」
そうとも言うな。
けど、相手の目的が何かわからない。ここは少しでも強気に出て様子を窺わないと。
「なぜエルフ族に会いに行った! まさか……エルフ族と手を組んで我らが集落を襲うつもりか!」
「なんでやねん。俺たちは君たちの集落を襲ったりしないよ。むしろ同盟を組みたいくらいだ」
「嘘を吐け! ここ最近、何度も人間の姿を我らが集落の近くで見かける。何か企んでいるんだろう!」
「うん? それってもしかして……」
エルフ族の里を襲った帝国兵のことか? 時期的にも俺たちがボコった帝国兵と一致してる。連中の目的は亜人の殺戮、および捕縛だったからな。
度々戦争してるくせに近所に住む獣人族を狙わない手はない。しっかり準備をすれば獣人族ほど滅ぼしやすい種族もいないし。
「生憎とお前らの里の近くにいた連中はエルフ族の里にいるぞー。そいつら帝国の——」
「やはり敵か! 許せん! 我らが家族を、同胞を殺そうとするなど! 卑劣な人間とエルフに死の裁きを与えてやる!」
「おおおおおおおお‼」
「……ユウさん?」
盛り上がる獣人たちをよそに、隣からもの凄い負のオーラが溢れ出た。
俺はギギギ、と首を横に動かして大量に汗をかく。
「な、なんでしょうか……アイリス様」
「敵を煽ってどうするんですか——!」
ゴチン、と俺の脳天にアイリスの拳骨が落ちる。直前で魔力を発動させたからダメージはないが心が痛んだ。
頭を押さえながら俺は弁解する。
「ち、違う! 今のは決して獣人たちを煽ったわけじゃない!」
「話が下手すぎます! まずは帝国兵のことから話さないと!」
「俺元帝国人!」
「そういう話じゃないでしょ! ぶっ飛ばしますよ⁉」
「はい、ごめんなさい」
こんな状況だ、ふざけたこと言ってる場合じゃないな。
そうこうしてる間にも獣人たちは武器を構えて突撃してきた。
一瞬で数体の獣人が目の前にやってくる。騎士たちの反応がやや遅れ、二体ほど馬車の荷台へ到達した。
さすが獣人。身体能力だけは見事だ。魔力の通りも悪くない。人の話を聞かない点さえなんとかなれば最高だな。
彼らの動きを内心で評価しつつ、鋭く振り下ろされた犬獣人のカトラスを——片手で掴む。
「なにっ⁉ 俺の一撃を片手で防ぐだと⁉」
「こんな玩具なんて振り回さずに俺の話を聞いてくれ——よ!」
バキンッッ!
魔力をまとった状態で手に力を入れる。握力だけで獣人のカトラスを破壊した。ぽろぽろと鈍色の刃が地面に落ちる。
得物を失った犬獣人の男性は、しかし武器がなくても諦めなかった。殺意を宿したまま剣を握っていなかったほうの手で貫手を繰り出す。
狙いは俺の首。尖った爪なら人体を容易く貫通するだろう。彼らは自身の体も武器として扱う。見事だ。称賛したいくらい見事だ。
——俺には通用しないけどな。
犬獣人の爪が俺の首に当たる。直後、先ほどの剣と同じように獣人の爪が割れた。
再び獣人の顔に強い驚愕が浮かぶ。
「ば、馬鹿な!」
「これでわかったか? 俺とお前たちの間には明確な力の差がある。殺したいわけじゃないんだ、大人しくこっちの話を聞いてくれ」
「くっ! お前たち、集落まで撤退するぞ! 人間が攻めてきたと代表たちに報告するんだ!」
「あ、おいこら」
人の話を聞かずに獣人たちは後ろへ下がっていく。
こうなると騎士たちでは止められない。俺とアイリスが動かないといけないわけだが……。
「どうするアイリス。追って捕まえるか?」
「そうですね……誤解されたままだと困るので、追いかけて彼らと話をしましょう。最悪、多少手荒なことになっても許します」
「よしよし。暴力は俺の得意分野だ。なぁ、ナナ」
「その通り。獣人を痛めつける」
「やめてください」
俺とナナは同時にアイリスに後ろから首根っこを掴まれた。
冗談ですやん。
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