第100話 団欒、そして獣人

 エルフ里を出る。


 馬車に乗って王都までゆっくり戻っている最中、俺は荷台に一緒に乗ったアイリスをからかっていた。


「アイリス。俺はアイリス一筋だよ」


 隣に座って息を吹きかけるみたいに囁いた。耳元で。


「んんッ!」


 アイリスは体を捻じって悶えていた。

 顔が真っ赤だ。少しくらいは慣れたと思っていたが、ストレートな口撃にはまだ弱いらしい。

 その様子を堪能しながらにやにや笑う。


 当然、アイリスは怒った。


「も、もう! さっきから何ですかユウさん!」

「いやぁ、照れるアイリスを見たくてつい」

「私で遊ばないでください! 本当に恥ずかしいんですよ!」

「その顔を見ればわかるよ~。でも、俺の気持ちに嘘はないから」

「~~~~!」


 だからそれをめろ、とアイリスの赤面顔が物語っていた。


 俺も本気で嫌がるなら止めるよ。けど、なんだかんだアイリスは喜んでいる。それもまた顔を見ればわかる。

 悪いなぁ、悪いなぁと思いながらも止められなかった。


「パパも王女様も楽しそう。私も混ぜるべき」


 対面の席で俺たちのイチャイチャを見せつけられていたナナが、不満そうな表情を作って言った。


「ナナも?」

「うん。私はパパの子。実質的にアイリス王女の娘でもある」

「実質的に⁉」


 おっと。ナナによる流れ弾を喰らってアイリスにダメージが入る。

 面白いから乗っかっておくことにした。


「確かにナナの言うことは正しい」

「正しくありませんよ⁉ わ、私たちはまだ婚約もしてませんから……」

「さすがに今の状況で敵国の皇子と婚約するなんて燃えるよね」


 炎上ってやつだ。

 これから戦争だってのに不謹慎すぎる。


「燃える? そ、そんなグロテスクな状況になるんですか……?」

「いわゆる炎上だよ」

「炎上⁉ 王宮まで燃えてしまいますか⁉」

「いや違うね」


 この世界にはインターネット用語で言うところの「炎上」はないらしい。

 そりゃそうだ。そもそもインターネットがないんだもん。


 懐かしいなぁ。前世では誰もが嗜むものだ。ネット回線さえあれば無限になんでもできる。

 いい世界ではあった。異世界に転生して改めてそう思う。


 戻りたいかと言われれば全然戻りたくないけど。


「どういう意味なんですか」

「民衆から袋叩きにされますよって意味」

「それが燃える……時々ユウさんはよくわからないことを言いますね」

「年の功ってやつさ」

「同い歳でしょ」


「そんなことより甘やかして」


「うおっ」


 話が脱線したことでまたしても暇を持て余していたナナが、席を立って俺の前にやってくる。


「動いてる馬車の荷台で立つのは危ないぞ」

「平気。余裕」

「そういう問題じゃないんだが……」

「甘えたい」

「問答無用だな」


 着実に俺に似てきたようで何よりだ。


 両腕を広げる彼女に仕方なく俺は答えた。

 ナナを抱き上げて膝の上に座らせる。


「これで満足かい、お嬢さん」

「悪くない。あとは……アイリス王女」

「え? わ、私ですか?」


 ナナにどんな無理難題を言われるのか。アイリス本人も怯えていた。

 しかしナナは淡々と恐ろしいことを告げる。


「たまにはママにも甘えたい年頃。胸を借りたい」

「胸……」

「でもアイリス様はあんまり大きくない」

「————」


 アイリスが絶句する。

 俺も絶句した。


 こいつ怖いものなしか? 普通にすげぇぞ。


 一瞬にして空気を凍りつかせたし、仮に俺が言ってたら確実に斬り殺されていた。

 おまけにナナはさらに続ける。


「おっぱいの出も悪そう」

「————」


 またしてもアイリスが絶句した。

 俺も絶句した。


 大きさと乳の出って関係してるのかな?

 いかんせん童貞だからまったくわからん。

 だが、それを言うとナナなんて絶壁だ。人に言えるほどじゃないぞ。


「な、ナナは少々失礼ですね」


 ぴくぴく、とアイリスのこめかみに青筋が浮かぶ。間違いなくキレていた。


 男性に「お前身長低いね」と言うようなものだ。別に高くても特別メリットがあるわけじゃないが、大半の男性が意外と身長を気にしたりする。


 同様に女性に体重の話をするのもタブーだ。ぶん殴られる。


「私は平均です。むしろ大きいほうです。きっとおっぱ——」

「もういいって、アイリス」


 それ以上余計なことを言うと墓穴を掘ることになるぞ。すでに掘ってる。


「なぜ止めるんですか! ユウさんまで私の胸が小さいと⁉ 直接見て確かめてください!」

「アイリスさん⁉」


 急にアイリスはブチギレて服を脱ごうとする。

 鎧を外したところで俺は慌てて止めた。


 外には護衛の騎士だっているんだぞ! 俺はアイリスの裸が俺以外の野郎に見られたら、そいつの眼球を抉って記憶が飛ぶまで殴り続ける。というか木っ端みじんにすれば解決だ。


「離してください! 私は——!」


 必死に止める俺。

 傍観するナナ。

 暴れるアイリス。


 馬車の荷台は完全なるカオスとなっていた。


 この状況を誰か収拾してくれ! そんな俺の願いを、神は叶えてくれた。

 唐突に馬車が停まる。

 次いで、外から騎士の声が聞こえた。




「お、お前たちは……?」


 うん? 獣人?

 なぜその言葉が出たきたのか。理由は明白だった。


 荷台の帳をわずかに退けて外を見る。

 馬車の正面、やや離れた所に——獣の特徴を持つ人間が立っていた。


 亜人の一種、獣人族だ。

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