第103話 感情的、そして乱戦

 獣人を追いかけて彼らの集落に辿り着く。

 そこはエルフ族の里によく似ていた。


 集落を囲む数メートルほどの高い壁。木製ながらに丈夫そうな造りにはなっていた。

 しかし、助けを呼んだ仲間の声に応えた獣人たちが、その頑丈そうな壁を——あろうことか飛び越えて外に出てくる。しっかり門が設置されているというのに、だ。


 ……もはやそれは壁を造った意味があるのだろうか? 否、門を造った意味があるのだろうか?


 武器を構えながら徐々に展開していく獣人たちを眺めながら、ふと俺はそんなくだらない思考を巡らせる。


「相手はやる気満々のようですね……」

「しょうがない。元々獣人は好戦的な性格をしてるらしいからな。全員無力化すれば、大人しく話を聞いてくれるだろ」

「あまり手荒な真似はしたくなかったんですけどね」

「私はやれる。任せて」


 ふふん、とアイリスの言葉にナナが胸を張った。すでに腰に差した短剣の柄に手を伸ばしている。


 彼女の頭をぽんぽん、と優しく叩きながら、俺もまた腰の剣に触れる。


「殺しちゃダメだぞ~。一人でも殺したら話の余地がなくなるからな」

「ん、了解。私よりパパのほうが不安」

「どういう意味だい」

「手加減が下手そう」

「……まあね」


 娘から鋭い言葉のナイフを喰らい、俺は思わず視線を逸らした。

 すると、やや前方からアイリスの厳しい眼差しが飛んでくる。


「ユウさん……くれぐれも気をつけてくださいね? 魔力は最小限に。アナタが中途半端に魔力を練ると、それだけで獣人の方々が死にます」

「解ってる解ってる。信用がないねぇ」

「これまでの実績でしょうね」

「その通り!」


 俺はたまにやりすぎる節がある。それは自分でも自覚している。

 だから今回ばかりは裏方に徹しよう。力を限りなくセーブし、アイリスとナナに大半の獣人を任せる。


 それが一番早くて一番確実だ。


 そうこう話している間に、十人を優に超えた獣人たちが俺たちを囲むように展開していた。

 どいつもこいつも好戦的な笑みを浮かべている。そんなんだからエルフ族や人間と戦って滅ぼされかけるのだ。


 知能を持つ生き物は、まず平和的な対話から歩み寄るべきだと思う。


 武器を手に「降伏しろ。さもなくば殺す!」と言っても仲良くなれるわけがない。

 前世でもそうだったが、なまじ知能や豊かな感情を有するがゆえに、人は完全に手を取り合うことはできないのかもしれないな。


 内心でやや賢い風を装っていると、こちらの無反応に焦れた獣人たちが吠える。


「おらっ! 死にたくなかったらさっさと武器を捨てて降伏しろ! 今なら奴隷として俺たちの集落に招いてやるぜ!」

「お断りします。我々はアナタ方と対話をしに来ました。争う意志はありません」

「どの口がほざきやがる! お前たちがエルフ族と手を組んでいるのは解っているんだぞ!」

「確かにエルフ族とは友好関係を築きました。しかし、それはあくまで——」

「ほらな! お前ら人間はすぐに卑怯な手を使う!」


 アイリスの言葉を遮って獣人たちが続々と叫ぶ。

 わーわーという怒声が周囲に響き渡った。


「もう許さん! そっちがそういう態度なら、我らも容赦しないからな!」

「いけ! 殺せ! 奴らの首をエルフ族に届けてやろうぞ!」


 とうとう獣人たち側に動きがあった。

 武器を抜いて地面を蹴る。

 獣人族特有の高い身体能力を活かし、間にあった距離を即座に潰した。


 俺、アイリス、ナナの全員に一人以上の獣人が付く。


 思考もほどほどに、彼らに凶刃が振るわれた。それを俺もアイリスもナナも防御する。


 キィィィンッ! という金属音が何度も鳴った。戦闘の始まりを告げる。


「やれやれ……俺が知る獣人族はもう少し理性的なところがあったぞ?」


 原作だと彼らもまた帝国の襲撃を受ける。

 エルフ族と違い、集落にさして固執していない彼らは、帝国兵の多さに敗走。後に復讐を企み様々な問題を起こす。


 中にはアイリスたち王国勢と敵対するイベントもあったが、最後にはアイリスたちと手を組み世界の敵たるユーグラム——俺を殺すわけだが、その時の獣人はまだ冷静だった。


 帝国への明確な復讐心があったため、むやみやたらと人を襲ったりしなかった。

 それがどうだ。帝国に襲われる前はこれほど短慮な種族だったとは。正直、俺も少しだけ驚いている。


「人間のくせにやるな! だが、かつての戦いのように、今度は我らが数で押してやる!」

「はいはい凄い凄い」


 俺の周りを囲むのは三人の獣人。本能的にそれ以上増やすと連携ができないという判断なのだろう。

 アイリスとナナにも同じ数の獣人が張り付いている。アイリスはともかく、ナナにはまだ荷が重いか。


 ちらりとナナへ視線を向けると、技量の差でなんとか攻撃を凌いでいる姿が見えた。


 ナナが傷付くと悲しい。ここは俺が上手くアシストしてやらないとな。

 そう思って獣人の剣を弾き、拳を突きだしてパンチを繰り出す。


「ぐあっ!」


 獣人の一人が吹き飛んだ。後方にあった木の幹に激突して意識を失う。それを見届けてから、背後の獣人に後ろ回し蹴りを決める。


 これで残るは一体。待機していた他の獣人が俺の下に集まろうとしていたが、それより先にナナのほうへと走った。

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