第92話 敬語、そして同盟

 眼前に矢が飛んできた。


 眉間を狙った正確な狙撃。それを、素手で掴む。


「おいおい……呼んどいてずいぶんな挨拶だな」


 握り締めた矢がバキッ! という音を立てて砕ける。

 そこでようやく彼らは、自分たちが勘違いしていたことに気づく。


「お、お前は。前に里に来たあの不審者か⁉」

「その覚えられ方は非常に遺憾だがそのとおりだ」

「まさかその仮面が役立つとは……」

「付けておいて正解だろ?」

「偶然ですけどね。攻撃もされましたし」

「まあ、霧あるからな」


 しょうがないしょうがない。

 もう一発射ってきたら暴れたかもしれないが、一発だったのでセーフ。


「それよりお前ら、誤解は解けたんだからさっさと里の中に入れてくれ。さっきの話が聞きたい」

「わ、解った。いきなり攻撃した件はすまない。最近、いろいろあってな」

「帝国兵とか言ってたな。心中察するよ」


 やっぱり帝国はすでにエルフ族の里に手を出していたか。

 彼らの様子を見るに、頻繁にゲリラ戦闘を繰り返している——と言ったところか。


 重苦しい音を立てて開いた門をくぐり、里の中に入る。


「それで、何があったんですか?」


 門が閉まるのを確認してアイリスが門番二人に問いかけた。

 二人の表情が鋭くなる。


「帝国兵がここ最近、ちょろちょろと攻めて来るんだ。昼夜を問わず攻撃されて神経質になっている」

「なるほど、そういう作戦か」


 相手の精神をすり減らし、じわじわと追い詰めるのが目的っぽいな。

 兵の数で圧倒的に勝っている帝国らしい作戦だ。


「悪いが話せるのはここまでだ。すぐに見張りに戻らないといけない。お前たちも長老たちが会いたがっていた。急いで中央の樹に向かってくれ」

「了解。頑張れよ~」


 手を振って門番のエルフ族と別れる。

 まっすぐ道を通って大樹の下へと向かった。


 その道中、アイリスはぽつりと俺に訊ねた。


「今回もユウさんの予想が見事に的中しましたね。まるで未来を知っているかのようです」

「俺の特技は未来予知なんだ。なんでも解るぞ」

「では私の未来は?」

「……帝国に勝利してハッピーエンド。多くの人に感謝されるさ」


 本来は俺を殺して——とは言わない。


「ユウさんが断言してくれると、不思議と叶う気がしますね」

「俺は天才占い師だからな」

「急に胡散臭くなりました」

「なんでやねん。だったら次の占いをしてやろう」

「次の占い?」

「俺はアイリスのおっぱいを揉んで許されるかどうか——」

「殺します」

「……ふっ。解っていたさ」


 俺はいつまでも子供じゃない。


「でしたらその両手を下げてくださいね。本当に斬りますよ」

「はーい」


 ワキワキさせていた両手を言われたとおりに下げる。


 さすがに他の視線がある中では無理か。プライベートな時ならワンチャン触らせてくれそう。


「何か邪なこと考えてませんか?」

「そそそ、そんなことありませんがぁ⁉」

「動揺しすぎでしょう……まったく」


 やれやれ、とため息を吐きながらもアイリスの表情は穏やかだった。

 その横顔を見て、さっきの占いが割とウケたのかな、と思った。


 事実、彼女は勝利する運命にあるからな。バッドエンドなど俺が認めん。


 小さく鼻歌まで奏で始めたアイリスとともに、大樹の中へと移動する。




 ▼△▼




「よく来たな、ユーグラム殿下にアイリス王女」


 大樹の中、円状のテーブルの前に座る白髭を伸ばした長老エルフが、俺たちを見るなり挨拶した。


 前と違ってわずかに敬意を持っているように聞こえる。


「お久しぶりですね、エルフ族の長老様」


 俺も長老エルフに倣って敬語を使った。


 横でアイリスが「け、敬語? ユウさんが敬語を使っている⁉」と驚いていた。


 俺だってリコリスみたいな相手にはちゃんと敬語使うぞ。第一印象が最悪だったから前はため口で喋ったけど。


「お、お久しぶりです、長老様」


 アイリスはやや衝撃を残したまま、なんとか挨拶を終える。

 それを咎めることも気にすることもなく長老エルフは続けた。


「うむ。殿下たちはどうだった? ここへ来る道中、何か問題がなかったかな」

「ありましたね。帝国の兵と間違われて矢が飛んできました。幸い、我々は無傷ですが」

「アイリス殿下に矢を射るとは……すまない。現在、ワシらは帝国と交戦中なのじゃ」

「そのようですね。軽くですが門番の方から話を聞きました。被害状況など伺っても?」

「ワシらエルフ族は総数が少ない。すでに百人以上ものエルフが怪我を負っている。戦死した者もな」

「ッ! それは一刻の猶予もありませんね。よければ私たちにも協力させてください」

「アイリス殿下に?」

「はい。外に部下や残りの護衛が待機しています。私とユウさん……ユーグラム殿下とその戦力があれば、充分に敵を撃退できるかと」

「ううむ……」


 アイリスの提案に、長老エルフはわずかに思考を巡らせた。


 種族同士のいがみ合いなど、いまは関係ない。ささいなことだ。

 手を取り合わなければさらに犠牲者は増える。それを考慮した結果、全ての長老エルフがアイリスの提案に賛成する。


 満場一致で同盟を組むことになった。

 

———————————

あとがき。


書き直すことになった新作「俺の悪役転生は終わってる」。

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