第89話 秘密、そして未来の話
アイリスの声が会議室の中に響く。
「帝国との戦争に向けた同盟、か」
自慢の白髭を撫でるのは、中央に座する老齢の男性エルフ。
他のエルフたちも反応は微妙だった。
いくら俺という存在が強大でも、帝国自体がどこまで大きな軍事力を抱えているのか。それをハッキリと知らない者たちは返答に困る。
片や、頻繁に諜報活動をしていると思われる先ほどの女性エルフは、にこにこ笑顔のまま俺を見つめていた。
彼女はどちらかと言うと同盟に賛成っぽいな。
「私はいいと思うな~。戦争は確実に起きる。帝国側がやる気満々だからね。たとえユーグラム殿下を失っても止まらないと思うよ? むしろ、旗頭だったユーグラム殿下がいなくなったからこそ、上層部はなんでも使ってくる」
「そうだな。たとえば——合成魔獣」
「合成魔獣?」
長老エルフたちが首を傾げる。
女性エルフは知っていたのか口を挟もうとはしなかった。
俺は続ける。
「複数の魔獣を組み合わせて作られた存在だ。人工キメラと言ってもいい」
「そ、そんなものを帝国は研究しているのか⁉」
「私、資料にして提出したんだけどなぁ。もう忘れちゃったの? 昔から帝国はその研究をしていた。予算はあんまり下りていなかったようだけどね」
「それが前に王国の近くに現れた」
「完成していたの?」
「いや、まだ試運転とかそういうレベルだろ。しかし、今度出てくる可能性はある」
「だとしたら面倒ね……どれくらい強かったのかしら?」
「さあな」
「え?」
俺の返事に女性エルフが固まった。
にやりと笑う。
「同盟相手でもないのに情報を教えると思うか?」
「あ~、確かに」
あくまでエルフ族は中立の立場だってだけだ。
場合によっては帝国側に傾く可能性もゼロじゃない。だから、俺はあえて情報を小出しにしていく。
「他にも帝国はこのエルフ族の里に用があったりするわけだが……さて、どうしたものかな?」
「あなた、一体何を知ってるの?」
「お前たちが知らない未来を知ってる」
帝国は昔からエルフ族に興味を示していた。
それは女性エルフも知っているだろう。
だが、それによって世界樹を燃やし、争いを吹っかけてくることまでは知りようがない。
それを事前に知っているのは、原作を読んでいた俺だけ。
ゆえに、最大限、その情報を活かしていく。
「帝国はこの森に何かすると?」
「さあ? 同盟も組んでないような相手には教えられないなぁ」
「むぅ。あなた、なかなかいい性格してるわね」
「それほどでもある」
「他の人たちはどうするの? 同盟。私は賛成だけど」
ちらりと女性エルフがそう言いながら他の長老エルフたちを見渡す。
いまだ、他の長老エルフたちの大半が顔色を悪くしている。
簡単には決められない、か。
「……しょうがない。すぐに答えられる話でもないし、今日のところは帰るとするか、アイリス」
「え? 泊まったりは……できませんよね。外に仲間も待たせていますし」
「そういうことだ」
エルフ族は人間に厳しい。そんな中で宿泊するなど自殺行為だ。
おまけに外にはアイリスの護衛役の騎士たちが数名残っている。
彼らを放置するのはよくない。
俺もアイリスも、踵を返してその場から立ち去ろうとした。
その前に、ぴたりと俺は足を止める。
「あ、そうだ。お前らエルフ族に滅ばれても困るし、特別に面白い情報を提供してやろう。さっきの未来に関する話だ」
「?」
首を傾げる女性エルフ。他の長老エルフたちも怪訝な顔を浮かべていた。
そんな彼らに、俺は端的に告げる。
「世界樹の周りに沢山兵士を置いたほうがいいぞ。もしかすると近日中にも不審者が現れるかもしれないからな」
それだけ言って俺はアイリスのあとを追った。
これで世界樹の守りが増えればいい。たとえ燃えても、まあなんとかなるだろ。
▼△▼
アイリスとともに外へ出る。
フードを被り直した俺たちに、まだ召喚されたままの精霊シルフィードが、
『話し合いは上手くいきましたね? そろそろ私は帰ったほうがいいでしょう』
と言った。
アイリスが頷き頭を下げる。
「そうですね。仲介役、ありがとうございました。シルフィード様のおかげで揉めることもありませんでした」
『また何か手伝えることがあったら言いなさい。いつでも私はあなたの力になる』
「はい!」
嬉しそうにアイリスが笑い、それを見届けてから精霊シルフィードは姿を消した。
「さて……と。じゃあ帰るか。また来週にでも来ればいいだろ」
「ですね。良い返事が聞けるといいんですが……」
「そりゃあいつら次第だな」
エルフがその傲慢さを少しでも抑えられれば、彼らには希望が生まれる。
あとは、帝国側がいつエルフ族を襲いに来るのか。
俺はそれが一番気になっていた。
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