第88話 険悪、そして威圧

「それで? 帝国の第三皇子であるあなたがどうしてアイリス殿下と一緒にいるのかしら?」




 ぴりっとした空気が広がる。


 外見こそ若いが、そこはエルフ。長老に選ばれるだけあってそれなりにオーラがある。


 まあ、外見が若いだけで歳は取ってるだろうが。


「アイリスのことも詳しいと」


「まあね。普通は手を組むはずがない——ということくらいは知ってるわ」


「さすがだな。けど、俺の返事は簡単だ。俺がアイリスを愛した。それだけさ」


「愛⁉」


「あらまあ」


 隣でアイリスが動揺の声を漏らし、女性エルフは口を覆って驚いていた。


 片や俺はドヤ顔だ。もはや羞恥心はないと言っても過言ではない。


「たったそれだけの理由で国を捨てたの?」


「悪いか? 元々帝国のありかたには疑問を抱いていたんだ。こうして自由になれて清々してる」


「へぇ……前に会った時はそんな感じじゃなかったのに」


「子供に何を期待したんだか」


「ふふ。将来は絶世の美男になると思ってたわ。そしてそのとおりだった」


「外見の話はしてねぇ」


「いいじゃない。事実としてイケメンなんだから。どうかしら? 私と熱い一夜を過ごさない?」


「ほう? 悪くない——ことはない」


 すちゃ。


 背後でアイリスが剣を抜いた音が聞こえた。


「ユウさん、今回はエルフ族の協力を取り付けに来たんですよね? ナンパするなら殺しますよ? そして私も死にます」


「重い重い。世界のためにも生きてくれ」


「なら、ユウさんは私のために生きてください」


 ぷくー、と頬を膨らませてアイリスは剣を鞘に収めた。


 ホッと俺は胸を撫で下ろす。


 前方ではくすくすと笑う女性エルフの声が聞こえる。


「あらあら。ずいぶんとお熱いことで」


「だろ? 相思相愛なんだ」


「羨ましいかぎりね。敵国の皇子と王女のラブロマンス……嫌いじゃないわ」


「おい! いい加減に戯言は止めぬか! 奴らはそんなことを話すために来たわけじゃないのだろう? シルフィード様も困っていらっしゃる」


『別に困ってはいませんよ。アイリスが幸せになるならそれが一番です。不幸にしたら殺します』


「お前もか」


 どうして俺の近くにいる奴は、すぐ殺すとか言う女ばかりなんだ。


 ナナも元暗殺者。というか殺されかけた。


 リコリスも脳筋バーサーカー。殺されかけた。




 ……あれ? もしかしなくても俺の周りにまともな奴っていないんじゃね?


 唯一が俺だしな。


「と、とりあえず! 話を進めましょう。確かに無駄話が過ぎました」


「別に無駄話じゃないけどねぇ。彼、ユーグラムくんの内面が知りたかったし」


「俺の内面?」


「ええ。殿下が本気で暴れたら、シルフィード様曰くこの里は滅びるんでしょ? それだけ強いなら知っておかなきゃ。どうして王国に手を貸しているのかをとかね」


「なるほど」


 先ほどのくだらない会話にそれを混ぜ込んでいたのか。


 本当に侮れない女だ。


 内心で危険物リストにぶち込んでおく。


「ふんっ。人間が一人でできることには限界がある。シルフィード様には悪いが、さすがにその男が一人で我々の里を亡ぼせるとは思えぬよ」


「ははんっ」


 いいねその煽り。


 精霊を前にしても傲慢でいられるなら、いっそ実力を見せつけてやるか。


 俺は体内の魔核から莫大な量の魔力を一気に引き出した。


 それを操作せずにただ放出する。 


 強化の能力はないが、周囲に消えたはずの魔力が満ちた。


 嫌でも解る。


「ッ⁉」


 その場にいた全員が息を呑む。


 俺以外の誰もが汗を浮かべていた。


 中には震えている者も少なくない。


「どうだ? これでもまだ俺の力を疑うのか? なんなら、あの世界樹とやらを斬り飛ばしてやれば納得するのかな?」


『精霊王様が育てた世界樹に手を出すな、馬鹿者』


 唯一、俺以外で平然としている精霊シルフィードが、じろりと俺を睨んだ。


 冗談ですやん。


「はいはい。でもまあ、俺が言いたいことは解るよな? その上で、アイリスの提案を聞いてくれると助かる。世の中には、理不尽な存在なんていくらでもいるんだと知った上でな?」


 俺の役目はこれくらいでいいだろう。


 他のエルフたちと同様に汗をかいたアイリスは、苦笑しながら口を開いた。


「もう……ユウさんはいつも勝手です。これじゃあこちらが脅してるようなものかと」


「いいんだよ。外交? は強気に行こうぜ? 相手は傲慢なエルフだからな。尚更だ」


「シルフィード様や本人たちを前にしてそういうことは言わないでください……まあ、一理あるとは思いますが」


 やれやれ、と肩を竦めたあと、アイリスは一歩前に踏み出した。


 きりっとした表情を浮かべ、いまだ震えが止まらないエルフたちに告げる。




「では、私から皆さんへ提案します。帝国との戦争に備えて、——同盟を結びたい」

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