第87話 許せん、そしてバレました

 隊長エルフの背中を追いかけ、大きな樹の中に入る。


 この世界のエルフ族は、樹の中身を抉り抜いて生活スペースを確保している。


 言わば樹が彼らの家なのだ。


 そして、世界樹と呼ばれる樹の次に大きな樹が、長老たちの集まる会議の場らしい。


 その長老たちも樹の中に個人用の部屋を作り、生活しているとか。


 代々長老たちが使う部屋なだけあって、中央の会議室は十人以上ものエルフが入っても余裕があった。


 円状に切り取られた樹のテーブルの前に、七人のエルフが座っている。


 どうやらタイミングよく話し合いをしていたらしい。


 姿を見せた隊長エルフが、恭しく彼らに頭を下げる。


「いきなりの訪問、まことに申し訳ございません!」


「ふむ。今日は長老のみの会議だったはずじゃが……どうかしたのか?」


 正面奥に座るひときわ歳を取った老人エルフが、自慢の長い白髭を触りながら隊長エルフに問う。


 他の長老エルフたちも一斉に俺たちを見た。


「実は、後ろにいる人族の者たちが、長老方にお話があるそうです」


「なに? 人族じゃと?」


 さすがに長生きしてるだけあって、俺たちが人間だと知っても慌てる様子はなかった。


 当然、歓迎されるわけもないが、いきなり攻撃されないことに安堵する。


「はい。特に女性のほうは精霊シルフィード様と契約をした者です。シルフィード様曰く、彼女の話は聞く価値があると」


「せ、精霊と契約しているだと⁉」


「そんなことがありえるのか⁉」


 ざわざわざわ。


 長老エルフたちが急に表情を変えた。


 やはり俺たちが人間であったことより、アイリスが信仰の対象である精霊を従えていることのほうが大事か。


 ちらりとアイリスに目配せをし、精霊を呼ぶように訴えた。


 彼女はこくりと頷き、周囲の魔力を吸収する。


 ここならまだ魔力には余裕がある。先ほど精霊を召喚した場所からずいぶん離れたしな。


 膨大な魔力がアイリスの体に吸収され、一気に放出される。


 同時に、風が吹いて緑髪の女性が姿を見せた。


 その神々しい姿に、一斉に長老エルフたちは立ち上がって膝を突いた。


 誰しもが涙を流している。


「おぉ……! よもや、シルフィード様とお会いできるとは!」


「ありがたやありがたや……」


 拝む者。祈る者。倒れる者。


 長老エルフたちの反応はそれぞれ違ったが、共通してシルフィードを敬っているのは解る。


 片やまたしても呼び出されたシルフィードが、状況を理解して口を開く。


『どうやらエルフの里に入ることはできたようですね。……あなたが暴れなくてよかった』


「どういう意味だこら」


 シルフィードがわざわざ俺を凝視してそう言った。


 ばりばり他意がある。


『そのままです。あなたがエルフたちに怒り、この里をめちゃくちゃにする可能性がありました』


「確かに」


 アイリスまでシルフィードの戯言に頷いた。


 俺は反論する。


「里を救いに来たのにめちゃくちゃにするわけないだろ。俺をなんだと思ってやがる」


「変態」


『お調子者』


「お前ら許さん」


 俺は剣を抜くことも考慮する。この樹を切り飛ばしてやろうか。


 エルフは完全にとばっちりだが。


「き、貴様! シルフィード様にそのような口を利くとはなんたることか!」


 俺とシルフィードのやり取りを見て、長老エルフの一人が声を荒げる。


 しかし、俺はフードを取ってその長老エルフを睨んだ。


「あぁ? 俺はアイリスの護衛役で仲間だ。シルフィードが気にしてないことをお前らにとやかく言われる筋合いはねぇ」


「——あら? あなた……その顔、もの凄く見覚えがあるわ」


 長老エルフの一人、二十代くらいに見える若い女性が口に手を当てて言った。


 まじまじと俺の顔を見つめる。


 いま、俺は仮面をしていない。だが、アイリスから借りた変装用のアーティファクトがある。瞳の色は青だし、髪の色も白だからバレるわけが……。




「そうだわ! 思い出した。前に帝都で見たユーグラム・アルベイン・クシャナにそっくりよ! もしかして第三皇子なの?」


「ひひひひ、人違いに決まってるだろう⁉」


「どもり過ぎですユウさん」


 アイリスのジト目が突き刺さった。


 だってしょうがないだろ⁉ まさか俺のことを知ってるエルフがいるなんて思いもしなかった。


 どうしてバレたのかとその女性を睨む。


 すると彼女は柔らかな笑みを浮かべて続けた。


「やっぱり! 私、十年ほど前にお忍びで帝都に行ったことがあるの」


「帝都に? どうやって?」


 十年前から帝都はかなり厳しい検問とかしてたはずだが……いや? そんなこともないのか?


 昔の記憶はそこまで確かではない。長老という位置にいる彼女なら、変装して潜り込むことくらいは簡単そうに見える。


「あなたと同じで変装用のアーティファクトを使ったのよ。それに、大昔に帝都と王国で使える身分証は発行しておいたからね。時折、更新のために別人の身分証を作りに行ってるの。私、諜報とかもやってるから」


 にこりと彼女は笑うが、いま、すっごい不吉な単語が聞こえてきた。


 あんな優しそうな外見してるのに、それでいて彼女は諜報担当なのか。


 エルフだって馬鹿じゃない。両国の情報くらい集めたりする。


 どうやらたまたま当時五歳くらいの俺の姿を見ていたらしい。子供の頃だっていうのによく解ったものだ。


 次いで、女性エルフの顔色がわずかに変わった。真面目なものへと。




———————————

あとがき。


新作投稿したよ~。

『冤罪で追放された元悪役貴族は、魔法で前世の家電を再現してみた~天才付与師はスローライフを所望する~』

毛色の異なる悪役転生もの?だからよかったら読んでね!

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