第86話 プライド、そして里の中へ

「…………」


「…………」




 隊長エルフの男性とゼロ距離で額を突き合わせる。


 厳密には、俺は仮面の額部分をぴったりと突き合わせていた。


 なぜこんなことをしているかと言うと……。


「貴様、せっかく里の中に入れてやるというのに、俺の命令が聞けないのか!」


「あぁん? 誰がてめぇらク——エルフの命令なんぞに耳を傾けなきゃいけないんだごらぁ? この仮面は由緒正しい物じゃぼけぇ」


「ふざけるな! そのような怪しい仮面を付けた者を里の中に入れたら、俺が長老たちに怒られるだろうが!」


「知るか! てめぇは勝手に怒られとけやぼけぇ!」


 このように、隊長エルフからの指示「仮面を取れ」を完全拒否した俺に、男は鋭い眼光を向けて暴言を吐いてきた。


 是が非でも仮面を外したくない俺は、当然、仮面越しに睨み返して暴言を吐き返す。


 もはや単なるプライドバトルの様相を呈している。


 そこへ、やや呆れた声を漏らしてアイリスが混ざってきた。


「もう……何やってるんですか、ユウさん。エルフ族の厚意を無下にしないでください」


「ふぐっ」


 後ろからアイリスに首根っこを掴まれる。


 じたばたと猫みたいに暴れるが、彼女は容赦なく——俺から仮面を剥ぎ取った。


「なぁっ⁉ か、返せ! 俺は仮面が無いと俺じゃなくなるんだ!」


「王宮の自室じゃ仮面付けてないじゃないですか。ふざけたこと言ってないで歩いてください。行きますよ」


「……はーい」


 ダメだな。アイリスは俺から奪った仮面を懐に隠してしまった。


 無理やり奪えば印象も悪くなるし、手を出しにくい。


 涙目で訴えてもアイリスはスルーだ。仕方なく、俺は泣く泣く我慢して歩き出した。


「お前たちの関係がよく分からんな」


 俺とアイリスのやり取りを見ていた隊長エルフが首を傾げる。


 いいからさっさと里の中を案内しろとせっついた。


 言われたとおりに隊長エルフが先頭を歩く。


 歩きながら彼は言った。


「それにしても……貴様、不審者の割に整った顔立ちをしている。もしやエルフかエルフの血を引いている?」


「なわけねぇだろ。俺はれっきとした純度百パーセントの人間だっつうの。イケメンなのは元からだ。神様が与えてくれたんじゃね?」


 ドヤ顔で胸を張る。


 容姿端麗な者が多いエルフ族に褒められる機会はそうそうないからな。


 知ってはいたが、俺の美貌はエルフ族にも通用するらしい。


「ふんっ。その態度は好かんがな」


「こっちの台詞だっての」


 いちいち一言が多い。俺も多い。どっちもどっちだった。




 ▼△▼




 しばらく森の中を歩くと、やがて大きな木製の門が見えてきた。


 周囲にはアーティファクトでも使っているのか、濃い霧が漂っている。


 霧の範囲は大体百メートルほどか。霧の中に入ってそれくらいで門に着くなら、偶然辿り着く者もいそうだ。


 アーティファクトの性能が低いのか、それだけ広範囲を霧で覆っているのか。


 どちらにせよ、隠れ潜むエルフらしい対策だと思った。




「門の兵士よ! 門を開けよ!」


「なぜ人間がいる!」


 隊長エルフが大きな声で門の上にいる二人のエルフに言葉を投げると、直後、至極当然の疑問が返ってきた。


「女のほうは精霊シルフィード様と契約をした者だ! 長老たちに話があるらしい!」


「せ、精霊と契約をした者だと⁉ ど、どういうことだ!」


「お前たちが知る必要は無い! いいからさっさと門を開けろ!」


 隊長エルフがそう一喝すると、渋々ながらも鈍い音を立てて門が開く。


 霧が消えた。里の中にまで霧は入っていないらしい。俺の予想どおり、この霧は里を囲むように発生しているのだと分かる。


「付いてこい。絶対に俺から離れるなよ」


 先頭を歩く隊長エルフが低い声で告げる。


 アイリスが頷き、俺は、


「探検していい?」


「話を聞いていたのか?」


 当然のようにお願いしてみる。爆速で却下された。


 隣のアイリスにも睨まれたので自重する。


「ちくしょう……エルフの里に来れる機会なんてほとんど無いのに……」


「王都と違って確実に騒動が起きますよ。遠慮しなさい」


「王都でも騒動は起きてたけどね」


 俺、何度も捕まりそうになったし。


「分かっているなら大人しく。あくまで我々は観光ではなく話し合いに来たのですから」


「分かってる分かってる」


 話し合いの後で探検しろってことだろ?


 俺は敏いからアイリスが何を言いたいのか瞬時に理解した。


 大人しく隊長エルフの後ろを付いて行く。


 すると前方に、ひときわ大きな大樹が見えた。もしかしてあれは……。


「あのデカい木……エルフが信仰する世界樹か」


「むっ。なぜ貴様がそれを知っている」


「原作知識だ」


「は? げ、原作?」


「なんでもない。それより想像より美しいな」


「当然だ。我らが先祖と契約をした精霊王様がお創りになった物だからな」


「そういやそんな設定があったっけ」


 あれはまぎれもないエルフ族の希望。


 世界樹があるから彼らはこの森に住み続けている。何度帝国の人間に襲われようとも。




 だが、俺は知っていた。あのエルフ族の信仰の証である世界樹が——帝国の人間によって燃やされることを。


 エルフ族の絶望は、まさにそこから始まる。

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