第84話 挑発、そして戦い

「人間が……我々に提案だと?」


 アイリスの言葉に、エルフの怪訝な声が返ってきた。


 しばらくすると、前方から一人のエルフが姿を見せる。


 二メートル近い筋骨隆々なエルフだ。オールバックにした髪型が、エルフっていうかヤクザかヤンキーに見える。


 俺の中でエルフ族のイメージが変わりそうだった。


「話してみろ。特別に聞いてやろう。もちろん、妙なことを言えば命は無いと思え」


「ッ」


 ぴきき。


 アイリスに対する言動にキレそうになった。


 しかし、それをアイリス自身が制する。


「落ち着いてください、ユウさん。ここで争いを生んでも何も得られるものはありませんよ。冷静に、目的を達成しましょう」


「……あ、ああ。そうだな」


 落ち着け。落ち着け俺。


 エルフ族をボコるのはいつでもできることだ。ここは深呼吸を繰り返し、特別に、そう、特別に奴らの傲慢な態度を許してやろうじゃないか。


 最初からエルフ族がこういう種族だと分かっていたんだし、我慢くらいできる。ユーグラム偉い。


 内心で必死に自分を持ち上げながら昇った怒りやら熱やらを覚ます。


 当の本人が我慢してるのに、従者でしかない俺が暴走したら、王国側の損失にもなるしな。


「では、改めて」


 きりっとした表情を作り、アイリスの視線が再びエルフ族の男性の顔に向けられる。


「単刀直入に言います。これから帝国との戦争が始まります。王国と帝国領の間にあるあなたたちもまた、戦争に巻き込まれる。帝国側は止まりません。必ず襲われると断言しましょう。ゆえに、我々はエルフ族と同盟の関係を築きたい」


「断る」


 ぴしゃりと、にべもなくアイリスの提案を切り裂いた。


 悩む素振りも見えない。


「……どうしてでしょうか」


「簡単だ。帝国が何度攻めてこようと、我々だけで撃退できる」


「そんな単純な話ではありませんよ。帝国の軍事力を侮っている」


「侮っているのはそちらだろう? 我々エルフ族は最強の種族だ。人間ごときには負けない」


「どうしても断ると?」


「ああ。それが不満なら自分の力でも証明してみせるか?」


「上等だこのや——」


「ユウさん」


「はい」


 アイリスに注意されてぴたりと動きを止める。


 しょぼーん。


「そちらの怪しげな男はずいぶんと不満そうだな」


「すみません。彼はわたしのことが……ふふ、もの凄く好きなので」


「アイリスさん?」


 君は何を言ってるんだい?


 俺の問いをスルーして、アイリスはさらに続ける。


「そんな彼のために、あなたの先ほどの提案を吞みましょう」


「ほう。証明できるのか? ただの王女であるお前に」


「ええ。存外、力には自信がありますから」


「……いいだろう。貴様の素質を測ってやる」


 エルフ族の男性が弓を背中にかけて腰の剣を抜いた。


 濃密な殺気がアイリスに放たれる。


「結構強そうだな」


 ぽつりと彼女の隣で俺は零した。


「みたいですね。ユウさんは反対ですか? 私が戦うの」


「まさか。勝利を信じてるよ、アイリス」


 俺はくるりと踵を返して、心配する騎士たちを後方へ下がらせた。


 何も問題はない。アイリスがあの程度の雑魚に負けるはずがない。


「ふふっ。ありがとうございます」


 アイリスもまた剣を抜いた。魔力を流し、互いに見つめあう。


「殺しはしませんが、多少の痛みは我慢してくださいね?」


「戯言を。貴様こそ、死んでも恨むなよ!」


「恨みはしませんが……むしろ、恨まれそうですね」


 くすりと笑ってアイリスは地面を蹴った。


 エルフ族の男の眼前に現れると、鋭く剣を振る。


 エルフの男性はそれを自分の剣で防御した。強烈な衝撃が発生する。


「くッ⁉ この威力は……。大口を叩くだけはあるな!」


 今度はエルフの男性が剣を振る。


 薙いだ刃は、アイリスの頭上を通り抜けていった。


 しゃがみ、攻撃を躱した彼女はさらに一歩前に進む。完全にアイリスの距離だった。わずかに体を後ろに引いて、剣を振るスペースを確保する。


 エルフのほうの反応も悪くない。ギリギリ、アイリスの攻撃を防げてはいた。


 しかし、ほとんど一方的にアイリスが攻撃し始める。


 間合いの管理は圧倒的にアイリスのほうが上だな。加えて、魔力の放出量もアイリスのが上。勝敗はすでに決しているようなものだった。


「チッ! 調子に乗るなよ、人間が!」


「!」


 エルフの男の魔力放出量が急激に跳ね上がった。


 一撃に全てをかける勢いで剣に魔力をまとわせる。その一撃を、——アイリスはあえて前に出ることで迎え撃った。


 相手が完全に剣を振る前に自分の剣をぶつけたのだ。


 そうすることで勢いを途中で殺す。


 魔力の放出量も上げて、完璧にエルフの攻撃をガードした。


 おまけに、剣を振れないほどの距離。それは——アイリスの間合いでもある。


 俺がここ最近彼女に教えた近接格闘術が役立つ時がもうきた。


 ぐっと足腰に力を溜めて、アイリスが——膝蹴りを放つ。


「なぁッ⁉」


 予想外の攻撃にエルフの防御は間に合わない。


 腹部を打ち抜き、強烈な一撃を受けてエルフの男性が吹き飛ばされた。


 地面を跳ね、後方にあった大樹の幹に激突する。


 勝負あり。アイリスの勝ちだな。

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