第83話 遭遇、そして一触即発

 馬車に乗ること数日。


 外での野営にも慣れてきたこの頃、俺たちはようやく帝国領近隣の大森林に足を踏み入れた。


 ここは帝国領と王国領の間にある。


 普通に考えれば敵地にもっとも近い場所としてかなり危険ではあるが、徒歩でも一日以上、馬車でも帝国領に入るのは、数時間はかかる。


 いきなり帝国の兵士に遭遇し戦闘になる可能性は低いだろう。


 だが、少し行った先には、帝国の兵士が見張る検問などがあるはず。


 いまは完全に入国を拒否してるから、王国兵を見つけた途端、戦闘が始まるだろうな。


 そんな地雷原一歩手前くらいの場所で、俺たちはジッと森の中を見つめる。


「この先に……エルフ族の里があるんですよね」


「ああ。俺の記憶が正しければ間違いない」


 帝国から王国へ亡命する際、俺はあえてこの辺りを避けて走った。


 あの時は時間が惜しかったし、仮に俺の正体が相手側にバレたらかなり面倒なことになる。


 帝国は王国以上に亜人に対する差別も酷かったし、そこの第三皇子だと分かれば、まあ戦争になっていただろうな。


 俺もエルフ族が相手だと上手く手加減ができる気がしない。帝国領の傍で暴れたら、俺が国を出ていることがバレてしまう。


 だからここは避けてきた。


「なんだか、遠くから嫌な気配が漂ってくる」


「さすがナナ、鋭いな」


 アイリスの隣でナナが顔を歪めた。


 その感は間違っていない。俺も先ほどから視線のようなものを感じる。


「エルフ族でしょうか?」


「おそらくね。奴らは自然とともに過ごす種族。この森はまさに庭だ。あんまり気を抜くと一瞬で殺されるかもしれないよ?」


「そんな柔な鍛え方はしてません」


 ふっとアイリスが笑う。


 確かに、と俺は答えて歩き出した。エルフ族の里に関して知ってる俺が先頭を歩く。


 少しずつ、視線のようなものを感じ始めた。




 ▼△▼




「——止まれ」


 歩くこと十分。


 俺は唐突に足を止める。右手をばっと横に突き出し、後ろに並ぶアイリスたちを制した。


 彼女たちもまた足を止める。


「どうしました、ユウさん。エルフ族が?」


「ああ。想像以上に感知能力が高いな。周りを囲まれてる」


「襲われそう?」


「いや……この感じは、敵意はあるがいきなり襲ってくるものじゃないな。様子見ってところか?」


 たぶん、王国の兵士の証である鎧などを付けているから、どんな用件でこの森に足を踏み入れたのか知りたいのだろう。


 これが帝国兵士だったら問答無用で襲われていたな。




「——おい、そこの怪しい仮面の男」




 思考を巡らせている間に、一番近くにいたエルフ族の男性が話しかけてくる。


 ちょうど正面奥、木の上にいる。


「怪しくないが何かな? エルフ族の男性さん」


「お前たちはなんの用でこの森に足を踏み入れた」


「エルフ族に会いに来た」


「我々にだと?」


「それ以外で王国の兵士がわざわざこんな所に来たりはしないだろ」


「……用件は?」


 お? 意外と話が通じるじゃん。正直、いきなり襲われることも考慮していたのに。


 実に幸先がいい。


「俺たちは見てのとおりの王国兵だ」


「お前はモンスターみたいだがな」


「あぁ? んだとてめぇ」


 ぴりりっ。


 俺の愛用する仮面が馬鹿にされたらしい。思わず殺気が漏れる。


 直後、右側から矢が飛んできた。


 それを右手でキャッチする。


「なッ⁉ 俺の矢を見ないで防いだだと⁉」


 矢が飛んできた方向から若い男性の声が漏れた。


 俺は掴んだ矢を握力でへし折ると、声を低くしながら言った。


「おいおい……こっちは穏便に話し合いに来たのに、お前たちは矢を射るのか?」


「いまのはお前が殺気を放ったからだろう?」


「そもそも俺を馬鹿にしたのはそっちだったはずだけどなぁ?」


 魔力がわずかに漏れる。


 そっちがその気なら、周囲を囲んでいるエルフ族をボコボコにしてから話してもいいんだぜ?


 そんな思いを籠めて矢を投げ捨てると、にやりと笑った俺に——アイリスの拳骨が落ちる。


 頭部を見事に捉えた。


「あいたっ⁉」


 本当は魔力で防御してるからまったく痛くない。


「なにするんだよアイリス⁉ いま良いところだったのに!」


「何が良いところですか。一触即発だったでしょ」


「だってあいつらが!」


「変な仮面を付けてるユウさんが悪いです。相手の気持ちも分かってください」


「……ぐぅ」


「そんな子供みたいな顔してもダメです。わたしに任せてくださいって言いましたよね?」


「そうだっけ?」


 すっ。


 再びアイリスが拳骨の構えを見せる。


 俺は慌てて首を横に振った。


「冗談冗談! あとはお任せしますよ、親分。へへ」


 あえて三下感を出しながらアイリスの後ろに下がる。


 ナナは呆れたような表情でため息を吐いていた。


 ぜひ俺を反面教師にしてほしい。


「エルフ族の皆さん、わたしの仲間が無礼な真似をしました。ここに謝罪します」


 ぺこりとアイリスが頭を下げる。


 エルフ族はやや考えたあと、


「……用件はなんだ」


 と悪びれる様子もなく彼女に訊ねた。


 やっぱり一発殴りたい。


「わたしの名前アイリス・ルーン・アルドノア。王国の第二王女です」


「アイリス殿下だと?」


「はい。本日はあなた方エルフ族に提案を持ってきました」

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