第81話 エルフ族、そしてお勉強

「わたしがキーというのはどういう意味ですか?」


 自室にベッドにてくつろぐアイリスが、黄金色の瞳を向けて訊ねる。


 首を傾げる動作が可愛らしかった。


「そのままの意味さ。今回、俺が声をかけたいと思っているのは——エルフ族」


「エルフ族? エルフ族って、あのエルフ族ですか?」


「アイリスがどのエルフ族を指しているのかは分からないが、この世界でエルフ族と言えばただ一つ。自然を愛し、自然とともに生きる連中のことだな」


「なぜ亜人であるエルフ族を引き込もうと?」


「エルフ族が居を構える森が、帝国と王国の間にあるからだ。戦争が起きた場合、否が応にも彼らは巻き込まれる。帝国に滅ぼされるか、奴隷にされる前に同盟を結んでおきたい」


「理由は分かりました。けど、排他的なエルフ族が我々の提案を素直に呑むとは……」


 アイリスの言うことは正しい。


 エルフ族は基本的に自分たち以外の種族を嫌う傾向にある。


 それは、自然と生きる自分たちと相容れない環境に身を置いているからだ。


 他にも理由はあるが、そういう感じでこれまでほとんど交流は無い。


 だからアイリスは心配している。仲間にするのは賛成だが、彼らが仲間になってくれる保障などどこにも無いと。


 しかし、俺だけが知っている。


 ここで彼らと同盟を組まないと、このさき必ず悲劇がやってくることを。


 事前にその悲劇を断ち切り、なおかつこちらの戦力を底上げするには、やはりエルフ族を仲間に引き込む必要がある。


「確かに連中は頑固だ。普通に頼み込んでも一蹴されるだけだろう。自分たちだけで帝国の侵攻を防げるとか言ってな」


「ですよね。断られる未来しか見えません」


「けど希望はある。お前だよ、アイリス」


「……先ほどの話に繋がると」


「そ。お前には精霊を使役する特別な能力がある。エルフ族は精霊を信仰する種族だ。精霊に選ばれたお前のことを邪険にするとは思えない」


「それは……一理ありますね。話しくらいは聞いてくれるでしょう。でも」


「ああ、分かってる。協力を受け入れてもらえなきゃ意味がないってな」


「他にも何か手があるんですか?」


「うーん……アイリス以上に確実な交渉材料は無いが、まあ、そこは俺に任せておけ。なんとかなるだろ」


「適当ですね……心配になります」


「いざとなったら力技さ。なに、俺は最強だから平気平気」


 彼らも生命に危機に晒されれば、嫌でも理解する。自分たちは王国に——アイリスに協力しないといけないと。


 そのためなら元祖悪役に戻ってやる。


「とりあえずいまの話をアイリスは陛下にしておいてくれ。近い内に王都を出てエル族が住む大森林に向かう。兵はそんなに必要無いぞ」


「いらないんですか? 危険では?」


「むしろたくさん連れて行く方が危険だ。エルフ族を刺激することになる」


「あ……なるほど」


 アイリスはすぐに俺の言葉の意味を理解する。


 戦争しに行くわけでもないのに、多くの兵士に囲まれては、話をするどころではなくなるからな。


 下手すると先手を仕掛けられる可能性すらあった。


「分かりました。父にはわたしから伝えておきます。早速、いまから行ってきますね」


「いいのか? せっかくの休みなのに」


「構いません。ユウさんのお話を聞いていたら、居ても立っても居られないので」


「……そうかい。話が決まったら教えてくれ」


「はい! 頑張って許可をもぎ取ってきますね!」


 そう言ってアイリスは元気良く部屋を出て行った。


 その姿を見送り、俺はベッドに倒れる。


「すんすん」


 敷き布団に鼻を押し込んで匂いを嗅ぐ。


「アイリスの匂いがする……」


 なんて変態みたいなことをしていると、——コンコン。


 部屋の扉がノックされた。


「うぇーい」


「パパ」


 ガチャリと返事を返した瞬間に扉が開く。


 入って来たのは愛娘のナナだった。


「ナナ? どうした」


「アイリス様と何か話してたみたいだから、少しだけ気になった」


「お前も年頃だな」


「まだ子供」


「冗談冗談」


 俺の言葉にムッとするナナ。


 子供でも年相応に見られたいものなのかな?


 俺が子供の頃は、早く大人になりたいと思ったものだ。


 大人になると逆に子供に戻りたくなるが。


「ちょっと今後のことで話しておきたいことがあったから、それについてな」


「どんな内容?」


「近々、俺たちで帝国領との境にある大森林へ向かうことになると思う」


「大森林? どうしてそんな所に? 戦争?」


「帝国との戦争じゃないよ。戦争には関係してるけどな」


「どういうこと?」


「大森林で生活してるエルフ族に会いに行くんだ。ナナは知ってるか? エルフ族」


「ううん。知らない」


「なら、勉強も兼ねて俺が教えてやろう。エルフ族っていうのは、人間によく似た種族の一つ。いわゆる亜人と呼ばれる種族だ」


「亜人?」


「人間みたいだけど人間とは異なる種族ってこと。半分人間って解釈してもいい。人間じゃないけど」


「むぅ……難しい」


 ナナは首を傾げて頭上に〝?〟を浮かべていた。


 子供にはまだ難しい単語だよね。分かる。俺も何を言ってるのか自分で分からなくなった。

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