第78話 お疲れ様、そして夜這い!?

 アイリスたちの見下ろす先には、いてほしいと願っていたユーグラムがいた。


「よかった……やはりこちらの方に来ていたのですね」


 アイリスがそう呟くと、魔物の死体の中心にいるユーグラムがちらりと顔を上げる。


 視線がアイリスたちの下へ向けられていた。


 手を振るユーグラム。アイリスたちも手を振り返して答える。


「あ、アイリス殿下。本当にあちらにいる方は殿下のお知り合いなのですか

?」


 アイリスたちに気付いた隊長兵士が、おそるおそるといった風に訊ねる。


 アイリスはこくりと頷いた。


「はい。あそこにいるのは私の護衛であり指南役でもあるユウさんです。強いでしょう?」


 胸を張るように少しだけドヤ顔を浮かべるアイリスに、若干の汗を滲ませながら男は答えた。


「え、ええ……百にものぼる魔物の大群をほとんど一人で倒してしまいました……それも、負傷した様子も見えませんし」


「あの方は最強です。正直、私より強い」


「か、神の御子であるアイリス様より!? 何者なんですか、あの御仁は……」


「ただの旅人ですよ」


「旅人……?」


 敵国の、もう一人の神の御子です——とは言えず、アイリスは適当に濁した。


 その間にすべての魔物を討伐したユーグラムが帰ってくる。


 神のごとき所業に、壁の上に飛び乗ったユーグラムを兵士たちは警戒した。


 もちろん武器を構えたりはしないが、どこか距離があった。


 それを無視して、ユーグラムはアイリスに声をかける。


「お疲れ様、アイリス。いつの間に来てたんだ?」


「来たばかりですよ。そしたらユウさんが魔物を圧倒していてびっくりしました。さすがですね」


「ああ、あれか。雑魚ばっかりだしそんな大変じゃなかったよ。ちょ~っと地形は壊しちゃったけど、手加減したから許してくれるよな?」


「分かっています。あれくらいで済むなら許しますよ」


 くすりとユーグラムの様子にアイリスは笑う。


 あれだけの数の魔物を討伐した人間とは思えないほど、ユーグラムは平然としていた。


 むしろその後の心配をするあたりが彼らしいと思った。


「むむむ……わたくしもたくさんの魔物と戦いたかったですわ~」


「散々街中で犯罪者たちと戦ったんじゃないのか?」


 愚痴を漏らすリコリスにユーグラムが首を傾げた。


 しかし、彼女は首を左右に振って続ける。


「それはそれ、これはこれですわ。人間と魔物、どちらも楽しみたかったです」


「とても王女様の台詞とは思えないな……」


「まあいいですわ。この後、ユウさんと戦えれば充分です。いまのこの気持ちをぶつけられればね!」


「あ、それは良いアイデアですね!」


「全然良くない」


 唯一ユーグラムだけが首を横に振った。


「俺は結構動き回って疲れてるんだ……後処理とかもあるだろうから、さっさと帰って寝る」


 そう言って手を振りながら壁の上から下りていった。


 その姿が消えたあと、ぼそりとアイリスはため息を吐いたあとに漏らす。


「お疲れ様でした……ユウさん」




 ▼△▼




 国王陛下の誕生祭は混沌とした状態で終わりを迎えた。


 被害こそ最小限に留めることはできたが、お祭り気分は台無し。


 あちこち家屋は破壊され、通りの一角もめちゃくちゃだった。


 他にも賊が召喚したと思われる魔物の処理が残っており、死体搬送も含めていろいろてんやわんやしていた。


 そんな彼らをよそに、ひと一番働いた俺は王宮にある自室へ戻る。


 ベッドに腰を下ろし、盛大にため息を吐いた。


「ハァ……疲れた。あのイベントがここで発生したってことは、どんどん他のイベントも発生するってことじゃん……なのに、一つ片づけるだけでもこんな疲れるとは思わなかった……」


 本当にため息しか出てこない。


 だがやり切った。


 不思議と心地良い達成感がある。


 それを胸に、俺は騒がしい王宮内部の声を聞きながら就寝する。


 後片付けは俺がいなくてもいいだろう。




 ▼△▼




 爆睡すること数時間。


 気付けば外は真っ暗になっており、俺は目を覚ます。


「ん……よく寝た……ん?」


 目覚めた直後、なぜか体が重かった。


 誰かが俺の傍にいる。


 ナナか? そう思って視線を体の下に移すと、——俺は途端に驚く。


「あ、あああアイリス!?」


 思わず大きな声が出た。


 俺の体に覆い被さるようにアイリスが寝ている。


 どうしてこうなった!?


 俺の腕はアイリスを抱き締めているし、アイリスは気持ち良さそうに眠っている。


 頭の中はパニックだ。落ち着いて記憶を振り返る。


 たぶん、大丈夫だ。


 彼女に変なことはしていない。下半身に違和感はないし、お互いに服を着ている。


 そのことにホッとして、しかし彼女がいる理由がやっぱり分からなかった。


 どうしたものかと考えていると、ふいにアイリスが動く。


 どうやら目を覚ましたらしい。


 アーティファクト無しの黄金色の瞳がこちらを見つめた。


 ぎこちない笑みを浮かべて挨拶する。


「お、おはよう……アイリス」


 彼女はしばし無言を貫き、——直後、顔が真っ赤になった。


 体を震わせ、


「ゆ、ゆゆゆ……ユウさん!? なんで起きてるんですかぁぁぁ!!」


 とブチギレながら絶叫する。

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