第70話 邪、そしてダンス
唐突にリコリスが爆弾を投げてきた。
防御態勢じゃなかった俺とアイリスは、その威力を無防備な状態で喰らう。
「さあ、ユウさん。わたくしと手を繋いでデートしましょう!」
「なぜだ」
「わたくしがユウさんと手を繋ぎたいからに決まってます!」
「俺は全然お前と手を繋ぎたくないんだが?」
「わたくしが繋ぎたければいいのです。恋愛とは時に一方通行!」
「押しつけてるだけだから」
ババっとこちらの手を握ろうと手を伸ばしてくるリコリス。
その猛攻を華麗に避けながらアイリスの傍まで逃げた。
勢いに任せてアイリスの手を握る。
「ゆ、ユウさん!?」
「悪いが俺には先約があってな。お前はメイドと一緒に手を繋いでおけ」
「むぅ……アイリス殿下だけズルいですわ。わたくしだってこんなに頑張って想いを伝えているのに」
「お前の場合は邪な感情が前面に出過ぎなんだよ……」
明らかに地雷と化していた。
そんなもの踏んだりしない。
「ユウさんは……私と手を繋ぎたかったんですか?」
「この状況で言うことがそれか」
アイリスはポーっと頬を赤くしながら俺に問う。
答えはもう出てると思うけどね。
「繋ぎたかったよ。アイリスの手、ちょっとひんやりして気持ちいいしな」
「ふふ。ユウさんは温かいですね。ユウさんらしい」
「俺らしいってなんだよ」
「秘密です。それより祭りを楽しみましょう、ユウさん、リコリス」
「勝者の余裕というやつですねッ」
「えっへん」
珍しくアイリスがドヤ顔で胸を張っていた。
ああいう言葉は苦手だとばかりに思っていたが……本当に勝者の余裕でも感じているのだろうか?
「仕方ありません。サテラ、わたくしたちも手を繋いでアイリスたちに対抗しますよ!」
「ちょっと何を言ってるのか分かりません」
さすがのメイドも困惑を隠せなかった。
▼△▼
メイドを含めた五人で通りを歩く。
いろいろな店で買った食べ物を胃袋に納めながら、俺は青く澄み渡った空を見上げる。
果たして盗賊や魔物たちの襲撃はどれくらいだろうか。
彼らが宝物庫を狙うことから、時間は早めになるはず。
いまならほとんどの住民が町の中央に繰り出しているからな。
国王陛下も途中から馬車で町を見回る。
盗むならその時が一番かな?
「ユウさん? どうかしましたか?」
「ん? いや何も。みんな楽しそうだなぁと」
「祭りは誰だって楽しむものですよ。そんな仮面をしてるからユウさんは楽しめないんです」
「仮面のせいじゃないだろ。というか俺は充分楽しんでるぞ」
「さっきから食べたり飲んだりしてるだけじゃないですか……もっとこう、踊ったりしませんか?」
「踊る? ダンスか」
「はい。あちこちで男女が仲良く踊っているでしょう? あれはお祭りでよく見られる光景です」
「誕生祭にダンスは関係ないんじゃ……」
「楽しめればそれでいいんですよ。別に格式ばったものじゃありませんし」
「ふーん。自由だな」
さすが王国。
帝国みたいに「皇帝たちを崇めよ!」という展開にはならない。
民には民なりの楽しみ方があり、貴族や王族はそれに反対したりもしないと。
理想的な国だ。
「それで、アイリスは俺とダンスがしたいと」
「……まあ、平たく言えば」
「別にいいぞ。ここで踊るか?」
「いいんですか?」
「構わん構わん。俺はダンスもできる男だ」
前世では学生の頃に授業の一環でやったくらいだが、この体——ユーグラム・アルベイン・クシャナはダンスもできる。
なまじ王族だったからその手の一般教養も問題ない。
「元皇子ですもんね。期待してますよ」
そう言ってスッとアイリスが右手を差し出す。
食べ物をナナに預け、俺は彼女の手を取った。
「ナナ、それ食べ過ぎるなよ」
「分かってる。もぐもぐ」
「本当か?」
俺が注意する前に食べ物に手を伸ばしていたぞ。
ナナの分もさっき買ってやったのに、俺と同じ大食漢か。
まあいいやと思いながら、目の前にいるアイリスとのんびり踊る。
周りにいる観客たちが、
「おい、仮面をつけた不審者と可愛い女の子が躍ってるぞ」
「事件か?」
「きっと無理やり踊らされてるのよ! 可哀想だわ!」
「兵士を呼んできたぞ! 俺たちも力を貸すんだ!」
と騒いでいた。
——なんでやねん。
ただ普通に踊っていただけなのに、兵士たちに声をかけられてしまう。
アイリスが兵士や観客たちに危ない人ではない、と言ってくれたからなんとかなった。
相変わらず俺の仮面は呪いを宿している。
「ユウさんユウさん。次はわたくしと踊ってくださいませ」
「メイドと踊ればいいじゃん」
「殿方が相手しないと格好がつかないでしょう!? それくらい許してくださいッ」
「へいへい……」
いまは変装してるんだし、誰も彼女のことをプロミネント小王国のお姫様だとは思わないよ——という言葉は呑み込む。
リコリスも女の子だし、彼女だけ無視するのは可哀想だな。
それで言うとリコリスの次はナナだ。確実に通報される自信がある。
「——きゃあぁぁぁッ!!」
リコリスの手を取ろうと手を伸ばした瞬間、張り裂けそうなほどの悲鳴が届いた。
どうやら……問題が発生したらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます