第67話 敗北、そして訓練

 リコリスの馬鹿力が炸裂する。


 剣に籠められた腕力は、アイリス以上の衝撃を生んだ。


「さすがに強いな……いい一撃だ」


「お褒めにあずかり光栄ですわッ。ですが、涼しげな顔で防がれて嬉しくありません!」


「なんのなんの。俺は最強だから落ち込む必要はないよ」


「あなた……そういうタイプだったんですね」


「まあね。能力だけは——自信あるよッ」


 言ってリコリスの剣を弾く。


 上に持ち上がった彼女の剣は、コンマの時間、戻るのに遅れる。


 その間にリコリスの懐に入った。


 さすがに木剣とはいえ女性を殴る趣味はない。


 素手なら許されるかと軽く拳を握り——パンチを放った。


 俺の拳が空を切る。


「おっと?」


 あの後ろに逸れた不完全な状態から、リコリスは地面を蹴って後ろに下がった。


 脚力こそ最初より劣るが、それでも俺の攻撃を避けるのに充分。


 かわされるとは思ってもみなかった。


「へぇ……やるじゃん」


「危ないところでしたわ。わたくしより腕力に優れるあなたの攻撃を喰らえば、それだけで勝敗が決する恐れがありますものね」


「そこまで本気で殴ったりしないよ」


「それは差別ですか?」


「違う違う。可愛い女の子には手を出さないのが俺の流儀なんだ」


「殴ってましたよね?」


「……流儀なんだ」


「もうッ! 真面目に戦ってくださいね!」


 剣を構え直したリコリスが再び地面を蹴る。


 バカスカと地面を凹ませないでほしい。


 彼女と刃を交えたとアイリスにバレたら、俺まで連帯責任で怒られそうだ。


「はあぁッ!!」


 さらにリコリスの剣速が速くなった。


 茶色の斬撃がいくつもの俺の眼前に迫る。


 だが、決して追えない速度じゃない。


 ひらひらと踊るようにリコリスの剣戟をかわし、近付いてきた彼女の——足をかける。


「——きゃッ!?」


 リコリスはあっさりと転んだ。


 アイリスの時もそうだったが、こういう猪突猛進タイプには意識を割きにくい足許への攻撃がよく刺さる。


 パワーがあればすべて解決するなんてまやかしだ。


 それは俺くらいの魔力量を持たないと。


「くぅッ! まさか足許にあんな攻撃をされるなんて……」


「均衡を崩すのは圧倒的力だけじゃない。ささいな小技が重要だったりするんだよ、リコリス王女」


 倒れた彼女の首元に木剣を向ける。


 これで試合終了だ。


「悔しいですがあなたの言う通りですね……。先ほどの足払いは見事でした。速く、意識の外からきました」


「アイリス殿下を手玉に取った技だからね。よかったらリコリス王女も参考にするといい」


「遠慮しておきます」


「あら」


「確かにアイリス殿下を負かした技——という響きは素敵ですが、わたくしにあのような小技は似合いません。やはりパワーです! 圧倒的パワーはすべてを解決します!」


「負けてるがな」


 解決できなかったから、あなたはいま地面に倒れているんですよ。


 起き上がった彼女を見て内心でそうツッコム。


「手合わせありがとうございました。あなたと戦えたごくごくわずかな時間は、わたくしの人生に色を塗ってくださいましたよ」


「色?」


「ええ。今後の糧にします。よかったらまたわたくしと戦いませんか?」


「断る!」


 俺は仕方なくリコリスの相手をしただけだ。


 戦闘狂の彼女と違い、俺は別に戦いに美学や興味はない。


 木剣を彼女に放り、踵を返して王宮の中へ戻った。


 背後から悲しげなリコリスの声が聞こえる。




「残念ですね……でも、諦めませんわよ?」




 ▼△▼




 リコリスとのタイマンに勝利した翌日。


 すやすやと気持ちよく眠っている俺の部屋に、アイリスが現れた。


「おはようございます、ユウさん! 朝ですよ! 訓練日和ですよ!」


 ものの見事に叩き起こされた。


 人の部屋の鍵を勝手に開けるなとあれほど……。


「急になんだよ。リコリスがいるから早朝訓練はなしになったんじゃないのか?」


「それが、リコリスはあなたのことをよく知ったらしいので、もう隠す必要もないかと」


「あの女……俺のことをアイリスに話しやがったな」


「——仕方ないではありませんか。あなたを訓練の場に引きずり出すには、それが一番なんですから」


「げっ! リコリス王女……」


 入り口からひょっこりと彼女が姿を見せる。


 悪戯っぽい笑みを浮かべているが、俺は全然許しません。


 布団を被って寝たフリをする。


「今日は働きたくなーい。ぐー……」


「働きたくなーい……」


 ナナが真似しながら俺の傍で寝る。


 すると誰かがベッドに近付いてきた。


 ぎしりとベッドを軋ませると、俺の耳元で囁く。


「また窓から叩き落しますよ?」


 ——てめぇ……!


 俺に負けたくせに俺を脅してやがる。


 リコリスならガチでやりかねないので、渋々俺は目を覚まして起き上がった。


 ナナも平然と起きる。


「パパ、訓練するの?」


「みたいだな……最悪だ。悪夢だ」


「酷い言われようですわ。わたくし、あなたにこれほど焦がれているというのに」


「焦がれ……!?」


 リコリスの言葉にアイリスが激しく動揺する。


 ひくひくと彼女の口元が震えていた。


 嫌な予感がする。


「ユウさん……昨日、リコリスと何があったのか……たっぷりと私に説明してくださいね? ええ。それが終わるまでは……逃がしません!」


 ……本当に悪夢だ。

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