第66話 戦い、そして身体強化
「俺がリコリスと……戦う?」
唐突な提案に首を傾げる。
だが、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「はい! 帝国最強と謳われるユーグラム様の実力を直で見たいんですッ!」
「だからその名前で俺を呼ぶなと……ハァ」
だから嫌だったんだ。リコリスに素性がバレるの。
彼女はプロミネント小王国の第一王女でありながら、非常に——好戦的。
強者を見ると戦いを挑まずにはいられない性格なのだ。
原作の話によると、アイリスとの仲も戦いから始まったらしい。
アイリスと初めて顔を合わせた彼女は、神の御子と呼ばれていたアイリスに「わたくしと勝負しませんか!?」と開口一番で迫った。
頭おかしいんじゃないかな?
王族同士が顔を合わせたってことは、そこは恐らくパーティー会場か謁見の間。
どちらも戦うなんて単語は普通出てこない。
けれどリコリスはそんな常識を鼻で笑う。
堂々とアイリスに挑み、前からリコリスの能力に興味があったアイリスがそれを承諾した。
脳筋と脳筋が出会う時、そこに争いあり、だ。
そうして激闘を繰り広げた二人は、その戦いの後で親友にまでなった。
もう本当、勘弁してほしい。
「普通にめんどくさい」
「そこをなんとか! バラされてもいいんですか!?」
「脅迫じゃん、それ」
「脅迫してでも戦ってみたいのです! 噂によると、ユウさんはアイリス殿下よりお強いのでしょう?」
「あいつ……そんなことまで話したのか」
恐らく食事の時だな。
リコリスが俺の素性をアイリスに訊ね、アイリスがユウとしての情報を伝えたってところか。
余計なことを……。
「俺は平和主義なんです。穏やかな日常万歳」
「アイリス殿下と毎日のように激しい運動をしているのは知ってます! わたくしは好みでないと!?」
「誤解を招く言い方するなッ」
後ろに並ぶメイドさんがめちゃくちゃ怖い顔してるから。
俺は別にアイリスと如何わしいことはしてないし、リコリスに手を出すつもりはない。
彼女が王族でなければ粉をかけるとこだが、王族は後始末が大変だ。
もう間に合ってる。
「ぶすー。いいから戦ってくださいよ~。わたくし、王宮内部でみっともなく号泣しますよ? ジタバタ暴れて手に負えませんよ!?」
「そうきたかー。お前にプライドはないのか」
「ありませんね。強者との戦い以上に優先されることは一つも!」
「ぐぬぬ……」
いっそエロネタで攻めてみるか?
いや、後ろに並ぶメイドさんに殺される。
アイリスにそれがバレても殺される。あまりにもリスクが大きい。
リコリスの下着には非常に興味があるが、命は捨てられない。
やれやれとため息を吐き、先に折れたのは俺だった。
「——分かりました。あなたの挑戦を受けましょう」
「! ありがとうございます、ユウさん!」
リコリスは太陽みたいな笑顔で頭を下げる。
その顔が見れただけでも勝負を引き受けた甲斐があった——なんてことはない。
クソ面倒だ。いますぐ逃げたい。
けど俺が住むのはここ王城。
アイリスに心配をかけるし、彼女は俺が承諾しないかぎり永遠に勝負を迫って来るだろう。
そっちのほうが面倒だ。だから先に潰しておく。
「では早速、どこか戦えるところに行きましょう」
「え? これから戦うのか?」
「当たり前でしょう? 夜だなんだと時間は関係ありません。いつだってわたくしはウエルカムです! おーっほっほ!」
高らかに笑いながらリコリスが俺の腕を掴んで引っ張った。
地面に引きずられながら俺は移動する。
王族って誰かをこうやって連れていくのが流行ってるのか?
▼△▼
リコリスに無理やり連行される形で中庭のひらけた場所にやって来た。
やはり勝負となるとここが一番いいな。
リコリスのメイドが木剣を二つ持ってくる。
それを俺とリコリスに渡して互いに距離を取った。
「先に言っておきますが、わたくしは手加減が苦手です」
「知ってる」
「ですから木剣でも人を殺せます」
「知ってる」
「くれぐれも魔力の強化にはご注意を。——まあ、あなたならよほどのことがないかぎり平気でしょうが」
「少しは相手のことを労わってくれ……」
その内、お前は危険人物扱いされるぞ。
ちなみに俺の中ではもう危険人物だ。
殺人未遂って知ってる?
「行きますよッ!」
愚痴もそこそこにリコリスが地面を蹴った。
まるで地面が爆発したみたいに抉れる。
そして、瞬間移動並みの速度で目の前にリコリスが現れた。
——速い。
速度だけなら間違いなくアイリスより上だ。
しかし動きが直線的。
何の駆け引きもフェイントもない。
構えた木剣をまっすぐに振り下ろす。
それを俺は半身になって回避した。
回避したんだが……。
「ッ!」
再び爆発が起こる。
そう錯覚するほどの衝撃がリコリスの木剣から放たれ、回避した俺をわずかに後ろへ下げた。
「本当にデタラメな筋力だな……」
常人なら触れただけで体がもっていかれそうな威力だ。
本気で魔力による強化を行っている。
正面から殴り合えばあのアイリスだって倒せるだろう。
あくまで、正面から殴り合った場合はな。
「さすがに当たりませんね……ですが、まだまだぁ!」
リコリスが笑みを浮かべて地面を蹴る。
三度目の爆発音。
今度は俺に迫ると剣を横に薙いだ。
空気の音が耳をつんざく。
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