第59話 不審者、そしてフラグ

 ナナとのデートが始まる直後、道端で誰かとぶつかった。


 相手は女性だ。視界の端に美しい金色の髪が舞った。


 だが凄いな……いま普通にぶつかったが、ぶつかった側の女性はずいぶんと大幹がしっかりしているのか、倒れる様子もなく立ったまま。


 涼しい顔で俺に声をかける。


「あら、ごめんあそばせ。前を見ていませんでしたわ。お怪我はなくって?」


「こちらこそすみません。汚れなどは…………ッ!?」


 彼女をハッキリ視界に捉え、俺は衝撃で言葉を失う。


 片や彼女は、不思議そうに首を傾げた。


「汚れはありませんわ。あなた、手になにも持っていませんでしたし」


「…………」


「もし? わたくしの話、聞いてますか?」


 ささっと仮面の前で手を振る女性。金色の縦ロールが高貴なオーラを醸し出していた。


 ——そりゃそうだ。彼女は正真正銘のブルジョワ。マジもんの高貴な人間なのだから。


 リコリス・フランベール・プロミネント。


 王国の隣にあるプロミネント小王国の第一王女。


 明るく、民に愛され、民に寄り添う稀代の王族。第一、第二王子より民からの信用と信頼の厚い——原作ヒロインの一人。


 共にアイリスと手を組んでラスボスのユーグラムに挑んだ女性だ。


 まさかこんな往来で彼女と遭遇するとは思っていなかった。


 これから王宮に向かう予定か? だとしたらなぜ馬車に乗っていない。


 様々な疑問を脳裏に浮かべながら、遅れて彼女に返事を返す。


「あ……ああ。聞いてます。リコリス様が無事でよかった……」


「え?」


「え?」


 彼女が俺の言葉に反応を示す。後ろに並んだメイドも視線が鋭くなった。


 俺、いまの短い言葉の中になにか地雷でも残して…………あ!?


 理解した。俺、いま自然と彼女の名前を呼んで……。


「どうして名前を名乗っていないのにわたくしのことを……?」


「その怪しい仮面といい……まさか、暗殺者!?」


 メイドが一歩前に出てリコリスを守るように立ちふさがった。その手には小さなナイフが握られている。


 この人戦闘もいけるクチかぁ……そういえば原作にそんなキャラが出てきていた。だが誤解だ。俺は怪しい者じゃない。


「お、落ち着いてくれ。俺は怪しい者じゃない」


「どこからどう見ても怪しいでしょう!」


 ですよねぇ! このやり取りアイリスともやったよ!


 なんでみんな俺の仮面を見ると不審者認定してくるんだ……最初は普通に会話できていたのに……。


 やっぱりこの仮面は呪われている。デザインが悪いっていうか、本当に呪いがかかっているようにしか思えなかった。


「名前を名乗りなさい! そしてその仮面を取るのです!」


「仮面は取れない。これは俺のアイデンティティだ。名前は教えてやるから武器を下げてくれ」


 なるべくメイドの彼女を刺激しないように両手を上げてそう言った。


 すると、メイドの後ろに隠れたリコリスが口を開く。


「仮面にアイデンティティを見出すなんて面白い人ですね。名前だけで信用してもらえると?」


「俺はアイリス殿下の護衛役だ。アイリス殿下にユウという人物の話を聞けば教えてもらえるよ」


「アイリス殿下の? あなたが……?」


 うわ、凄い疑いの眼差しが刺さる。


 解るよ? 俺みたいな怪しい奴が王女殿下の護衛なわけないだろ! っていうのは。でも事実だ。いろいろと事情があることを察してほしい。


「信じるかどうかはあんたら次第だ。でも危害を加えるつもりはないから解放してくれないか? 俺はいまから娘と一緒にデートする予定なんだ」


「娘……娘!?」


 あ、余計ややこしいことになった。言わなくてよかったなぁ、いまの情報。


 俺の後ろに控えるナナを見て、リコリスもそのメイドも目を見開いた。


「まさか子持ちだったとは……声からして若いと思ったのに……」


 義理の娘とは言えない展開だな。相手が勝手に誤解してくれるならまあいいか。


 俺は手を上げたまま、


「そういうことだからまたどこかでな。さよなら」


 と言ってナナとともに彼女たちの横を通り抜けた。


 最後にリコリスが言葉を漏らす。


「ユウさん……でしたね。なかなか面白い発見をしました」


 その言葉の意味は……俺には解らない。




 ▼△▼




 リコリスたちと別れてまっすぐに通りを歩いていく。


 後ろに並んだナナに、ため息のあと言った。


「ハァ……酷い目に遭ったね、ナナ」


「パパが面倒なこと言ったせい。あとその仮面」


「しょうがないだろ? パパの事情はナナなら解ってるはずだ」


「ん、しょうがない。でも、あの人たちは誰?」


「あー……そういえばナナは知らなかったね。彼女はリコリス・フランベール・プロミネント。王国の隣にあるプロミネント小王国の第一王女だよ」


「王女……アイリス様と同じ?」


「そういうこと」


 さすがナナ、身近な人間でたとえてすぐに理解した。


「けどまあ、俺たち護衛には関係のない人間だ。忘れていいぞ~」


「パパがそう言うと、だいたい関わり合いになりそうな予感がする……」


 おい娘……嫌なことを言うな。


 同じような不穏な気配を感じながらも、俺たちはその後、普通にデートを楽しんだ。


 めちゃくちゃはしゃいで兵士たちに捕まったとさ。

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