第60話 アイデンティティ、そしてわいせつ物
「クソッ……! あの兵士たちめ……! 一体何度俺を捕まえれば気が済むんだ!」
ナナとのデートの帰り道、夕陽を背にぶつぶつと俺は文句を垂れる。
つい先ほど、ナナとデートしてはしゃいだ俺を兵士たちが囲んだのは記憶に新しい。
俺の仮面が怪しいだとか。俺の行動が気持ち悪いとか難癖をつけてきやがった。おまけにナナを誘拐しているのでは? という新たな嫌疑が加わり、解放されるまでにかなりの時間がかかった。
途中、全員ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、王国の兵士たちを薙ぎ払ったとアイリスに聞かれたら確実に怒られる。
いまは解放されたことを喜ぶとしよう。いや全然嬉しくない。ストレスが溜まった。
「パパといると騒動には事欠かないね」
「嫌なことを言わないでくれナナよ……俺だって気にしてるんだから」
娘にまで問題児扱いされるといろいろ複雑だ……この仮面、取ったほうがいいのかね? 絶対に取らないが。
「仮面を外せば解決するのに」
「俺のアイデンティティよ? 捨てたら俺じゃなくなる」
「イケメンなのに?」
「イケメンだからこそ隠すのさ。俺の顔は目立つしね」
「それはたしかにそう」
これまで俺が出会った女性たちが一度でも俺に惚れなかったことはない。
それだけユーグラムの顔面は整っているしカッコイイ。男の俺でも見惚れるほどの美貌だ。たまに鏡を見てポージングしている。
「だから俺は絶対に外さない。アイリスになんと言われようとな!」
「そういえば……今日からあの女の人が王宮に来る?」
「あの女の人?」
「デートの前にパパがぶつかった人。プロミネント王女?」
「あー……リコリスか」
すっかり忘れてた。そういや、いま頃は王宮に彼女がいるのか。
あの女はあまり話し合いが通じるようには思えない。普段は冷静で人格者だが、ひとたび暴走すると止めるのに時間がかかる。
そして俺は彼女にとっての地雷でもあった。だからあまり関わりたくない。
「リコリスは間違いなく王宮にいるだろうな。あいつはアイリスの友人でもあり、陛下の誕生祭に合わせて泊まりに来てる。泊まる場所はアイリスの近くと相場が決まっているのだよ」
誰だって友人の近くが一番落ち着く。それに、現状、部屋が余ってるのもアイリスが所有する宮殿だろうしね。
つまり俺のそばでもある。
「大丈夫? わたし、仲良くできる自信がない」
「平気だろ。しばらくは俺たちアイリスの護衛につく必要もないしな。適当に部屋で自堕落に過ごしていたら帰るよ」
「それまでの辛抱」
「そいうこと」
さすがナナ。俺の気持ちを汲んでくれる。彼女もまた、俺さえいれば遊びには事欠かない。二人いれば俺たちは引き篭もりでも無敵だ。
「あとは……向こうが絡んでこないことを祈る」
最後にナナが不穏なことを口走るが、いまのところ接点もないし、彼女が絡んでくるとは思えなかった。
▼△▼
デートが終わり王宮に帰ってきた俺とナナ。
そんな俺たちの下にアイリスが姿を見せる。
「——あ、ちょうどいいところにお二人が」
「よっ。ただいま」
「ただいま」
「おかえりなさい。デートは楽しめましたか?」
「最後にひと悶着あったけど楽しかったよ。今度はアイリスもデートしような」
「ッ! は、はい……その時はよろしくお願いします」
今日もアイリスはからかうと顔を真っ赤にして照れる。この顔が見たくて俺はアイリスにデレデレしているのかもしれない。
もちろんデートはするし約束は守るけどね。
「それでユウさんたちに一つお話が」
「話? もしかしてリコリスのことか?」
「はい。今朝、偶然顔を合わせたようですね。不審者に関しての問い合わせがありましたよ」
「野郎……結局俺のことを不審者だと言ったのか」
「彼女は野郎ではありません。口を謹んでくださいな。自業自得でしょ?」
「はい」
そりゃあ俺も仮面をつけてるから悪いけど、こんな善良な人間いないよ? たぶん。
「……で、そのリコリスの件ですが、今日からこの王宮に泊まります。部屋はユウさんの部屋から遠ざけましたが、顔を合わせる機会は何度かあるでしょう。くれぐれも、その顔を晒さないように気をつけてくださいね」
「へぇ。まさかアイリスから仮面をつける許可をもらえるとは」
「状況が状況ですからね。苦渋の選択です」
「俺の仮面は苦渋の選択なのか」
酷い言われようだった。まるでわいせつ物。
さすがの俺も下半身を露出した状況で外を出歩く趣味はない。俺の仮面は股間ではないが、面倒事は嫌なので素直にアイリスに従う。
「ではわたしはこれで。リコリスと夕食を食べる約束なので。……ユウさんも来ますか?」
「いまさっきの会話の最後に言うことか? 遠慮しておくよ」
「ふふ。ですよね。一応、ユウさんが傷つかないように配慮しました」
「お前の優しさに涙が出そうだ……いってらっしゃい」
「いってきます」
そう言ってお互いに手を振りながら別れる。
なんだかいまの会話……すっごくそれっぽい。パートナーみたいな、そういう空気が出ていた。
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